偶像編 ④
(くそっ、くそっ……!)
あの女は一体、何者なんだ。この居心地の悪い空気をなんとかしようと助けを求めようにも、お父様は二階で他の貴族たちに囲まれてお忙しそうだ。
…何故この僕が、僕の家で、一人だけ取り残されているんだ。何故、いつもみたいに誰も僕のご機嫌を取りに来ない。
僕が、ノアール家が馬鹿にされているのか?だったら、僕が、取り戻さなければ。
この場の空気を。
権威を。
ここでお茶会を開いてやっている誰が一番敬われるべき存在かを、あの成金の女に思い出させてやるんだ。
【ジュリアン:屈辱 63→76、憤怒 65、嫉妬 83、エマへの憎悪 72】
「おい!エマ・フォン・クォーツ!!」
我慢の限界を超えた僕の一声で、ざわついていた会場が一気に静まり返った。二階にいるお父様たちも、下の騒ぎに気づいたようだ。一斉に僕の方へと視線が注がれる。
「僕は由緒正しいノアール家の嫡男だぞ!お前たち、そんな女じゃなくて、この僕のご機嫌を取るべきじゃないのか!おかしいじゃないか!こんなの間違ってる!!」
静寂の中、僕の叫び声だけが会場に響き渡った。
「ちょっと難しいことを知っているから、なんだ!ドレスの流行が、なんだ!ここで一番偉いのは『ノアール』だ!僕の父上は伯爵だぞ!たかが男爵の娘ごときに媚びを売るなんて間違ってる!!」
ハァ、ハァ、と息を切らしながら肩を揺らす。…ふん。静まり返る会場の様子を見て、僕は心の中でほくそ笑む。
これでみんなわかったんじゃないのかな。いくらあの女が小賢しく振る舞っても、
家柄という絶対的な身分差を前にすれば僕に逆らえないということが。
あの女は…固まった人ごみの中から、一切の表情を見せずにこちらを見つめている。思い知ったか、と勝ち誇っていると、女はドレスの裾を揺らして、ゆっくりとこっちに近づいてきた…。
「お招きいただいた場で、貴方様を不快にさせたのであれば、謝罪いたします」
「ふ、ふん…!」
「でも、ジュリアン様、あなたの怒りの理由は、論理的に矛盾しています」
さっきまでの人懐こい笑顔ではなく、どこか冷たくて、真剣な眼差しが、僕を射抜いた。
「あなたがこの場の主導権を掌握できていないことに不満を持っている事と、家の爵位とは全く別の問題です。あなたの不満は状況のせいではありません」
「なっ…!?」
「それに、わたくしの振る舞いに対して不満があるのなら、関係のない家柄を盾にするのではなく、あなた自身からわたくしへ、直接論理的におっしゃるべきです」
正論。言い逃れのできない、一切の逃げ道を塞ぐ正論。
ハッとして周りを見ると、周りの子供たちまでもがエマに完全に同調して、ひそひそと僕に対して冷ややかな視線を浴びせていた。
さらに、遠巻きに見ている大人たちも、僕の正論による敗北と見苦しい苛立ちに、がっかりしたようなため息をついている。
「歴史あるノアール家も、跡継ぎがあの器では…」
「女の子一人に完全に言いくるめられているわ…。…ノアール伯爵の心労は計り知れないわね…」
「やはり、あのアルス卿のご息女…、只者ではないわ」
ますます僕の居場所がなくなっていく。僕は、口を魚の様にパクパクとさせるだけで、次の言葉が出てこなかった。
言い返したいのに、言い返せない。何も間違ったことを言われていないからだ。悔しい。もどかしい。泣きそうだ。こんなみんなの目の前で、恥ずかしい。伯爵の立派な跡継ぎである僕が、こんな、こんな女一人に…!
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