成長編 ①
エマが産声を上げてから、あっという間に1年が経った。
日差しが柔らかく差し込む、屋敷の二階にしつらえられた広々とした子供部屋。ふかふかの絨毯の上で、1歳になったばかりのエマがキャッキャと声を上げて笑っている。
「ほらエマちゃーん、こっちだよー!」
「エマちゃん、これ食べる?あ、まだ食べられないか」
エマの周りを囲んで、アンナさんの子供たち――リナとパウルが、おもちゃを鳴らしたり顔を覗き込んだりして、楽しそうに彼女の相手をしてくれている。
あの日屋敷を去り、今は別の場所で静かに暮らしているアンナさん一家の定期的な来訪は、私にとってもエマにとっても、とても賑やかで楽しい時間だった。
「ふふっ。エマったら、すっかり二人に懐いていますね」
「ええ。屋敷を去った私たちにまで、ベリルさんがこうして変わらず優しく友人として接してくれて…本当に感謝しています」
紅茶のカップを持ったアンナさんが、子供たちの遊ぶ様子を微笑ましそうに見守りながら深く頭を下げた。
「でも、ベリルさん。ひとつ聞いてもいいですか?」
「なんでしょう?」
「ベリルさんがつきっきりで子育てをされていますが…、何故、専属の乳母を雇っていないんですか?」
アンナさんは心配そうに眉を下げる。
「これだけ立派なお屋敷ですし、アルス様ほどのご身分であれば、専門の乳母を複数人雇うのが普通だと聞いています。ベリルさんお一人では、さぞかし大変でしょう?」
確かに、アルス様ほどの財力があれば、帝都から最高級の乳母を何十人でも呼ぶことができるはずだろう。実際、アルス様からは何度かそのような手配の話も出た。
…けれど、私はそれを全部断ったのだ。
「ええ。確かに夜鳴きなんかは少し大変ですし、親の私ですらこの子が何を考えているかわからないときもあります…」
アンナさんは「わかるわかる」といった風に深く頷く。
「でも、エマの成長をほかの誰かに委ねたくはなかったんです。私自身のこの手で、きちんと愛情を注いで育ててあげたくて…」
親の顔も知らないからこそ、私は『手放しの愛情』という人間としての当たり前の温もりを、この子にちゃんと手渡してあげたかった。
「それに、私一人じゃないです。マルタの助けもありますし、お屋敷のみんなが時間を見つけては、入れ代わり立ち代わりエマの様子を見に来てくれますから」
ありがたいことに、エマは屋敷中の皆から愛されている。
「あーうー!」
エマが、パウルの差し出した木のおもちゃを掴んで、満面の笑みを浮かべた。こんなにも温かく、平和で、誰もが優しく愛に溢れた環境で育つのなら。私の大切な娘はきっと、誰よりも人間らしく、優しくて愛情深い子に育ってくれるはずだ。
私はエマの無邪気な笑顔を見つめながら、心からそう思った。
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