誕生編 ⑦
「ンー……っ!」
「もう少しです、奥様!息を合わせて!」
寝室に、苦しい悲鳴が響き渡る。ベッドの上で身をよじるベリルの顔は真っ赤になり、今にも血管が破裂してしまいそうだった。汗だくで激痛に耐える彼女を見ているこちらも、ただ手を握ることしかできず胸が張り裂けそうになる。
がんばれ、ベリル!あと少しよ、がんばれっ!
私が必死に心の中で叫ぶ一方で――ふと振り返ると、アルス様は部屋の隅に立ち、血と汗に塗れた淒惨で神秘的なこの生命誕生の光景を、『珍しい観察対象』を見るような目で、静かに見下ろしていた。
「ンーっ!!」
「オギャァ!オギャアァァッ!」
産声が響き、張り詰めていた部屋の空気が一気に切り替わった。
「奥様!無事に生まれました…!元気な女の子ですよっ!」
産婆さんが取り上げた小さな命を、手早くお湯で拭いてベリルの胸元へと寄せる。全身の力が抜けきったベリルの目から、大粒の涙が溢れ出した。
「…かわいい。ねえ、アルス様。どうか……あなたも抱いてあげてください…」
「うん。お疲れ様、ベリル」
アルス様から返ってきた言葉には、歓喜も、感動の震えも一切含まれていない。 まるで予定していた事務仕事が予定通りに終わったかのような、平坦なねぎらいの声。やはり、いつものアルス様、そのままだ。ここまで徹底して無感情だと、いっそ尊敬すら覚える。
産婆さんから小さな赤ん坊を受け取り、アルス様は自分の腕の中に抱く。
私は他人ながら感動の涙で前が見えていない。なのに、いや、やはりというか…彼は違った。
「ほう。…数値が読めないな。やはり、知能や自我の確立が関係しているのかな?」
愛する我が子が生まれたこの瞬間に、彼が最初にこぼした言葉は『数値が読めないことの考察』だった。数値って何…?
あまつさえ彼は、まるで買ってきたばかりの不思議な置物でも検分するように、
興味深そうに赤ん坊をあっちこっちへと持ち上げ、傾けながら眺めはじめたのだ。
「アルス様っ!!」
突如、疲労困憊でぐったりしていたベリルが、驚くほどに強い語気でアルス様を咎めた。
一時期はアルス様に怯え、従順で、顔色を窺っていたベリルが。あんなに強い声で、旦那様を刺すように睨みつけるなんて…。
母親になると、人間はここまで別人のように強くなれるものなのか。
「おっと。なんだい、ベリル」
「この子に…名前を、付けてあげてください…!」
「僕がかい?そうだな……」
アルス様は少しだけ首を傾げた。そして、腕の中の小さな命と、ベッドで睨みつけてくる立派な母親の顔を数度、見比べてから、そっと呟いた。
「エマ。――君は今日から、エマだ」
「エマ…、エマ…。良かったわね、エマ。お父様が、素晴らしい名前を付けてくださったわ…」
アルス様が名付けた、「エマ」。
その名前を、彼女は、
確かめるように、
慈しむように、
幸せを噛みしめるように、
何度も反芻した。
ベリルのその言葉で、私は限界に達した。
「ベリルゥー…うわぁぁああ!」
「あら、マルタ、うふふ…」
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