誕生編 ⑥
あれから数ヶ月が経ち、私のお腹も順調に大きくなっていた。季節はすでに、本格的な身を切るような冬へと移り変わろうとしている。
「奥様、夜風がお体に障りますよ。こちらのお召し物をどうぞ」
「もう、マルタ。からかうのはやめてください」
「ふふ、ごめんなさい。でも、本当に大事な身体なんだから気をつけないと」
私がバルコニーから身を引くと、肩にふわりと温かいショールをかけられた。マルタは今、通常の使用人から私の専属の侍女として、常に傍に付いてくれている。
「もうすぐね、ベリル。気分はどう?」
「ええ。ひどかったつわりも落ち着いて、大分よくなりました。少し、お腹が重くて動きづらいくらいで」
「そう…よかった」
マルタは安堵の息を吐き、少しだけ言い淀んだ後、静かな声でぽつりと話し始めた。
「…実はね」
「…はい…?」
「昔ね。このお屋敷で働き始めるよりずっと前、ある男と一緒に住んでいたのよ。そりゃあもう、完璧なアルス様とは天と地ほども違う、感情的な男だったけれど」
ふふっ、と懐かしむように自嘲気味に笑う彼女の顔は、初めて見るような穏やかさだった。
「そんな話…聞いたこともありませんでした…」
「ある日、その人との間に子供ができたの。そりゃあもう、二人で手を取り合って大喜びしたわ」
そこまで聞いて、私はハッとした。マルタは今、一人身のはずだ。旦那様も、子供もいない屋敷の住み込み。だとすれば――。
「あっ…」
「ああ、ごめんなさい。ちがうの、不安にさせたい訳じゃないのよ。本当にごめんなさいね」
私の表情が強張ったのを見て、マルタは慌てて首を振り、私をそっと強く抱きしめた。
使用人としての働き者の背中。その腕はたまらなく温かかった。
「…私、昔、あなたにたくさん酷い事を言ったことがあったわね。あの時は、本当にごめんなさい」
「気にしてないです…そんなこと…」
「うん、ありがとう…。でもね。いまは、ただのあなたの『友達』として、言わせてちょうだい。…心から、おめでとう。そして、生まれてくるあなたの子の幸せを…私のあの子にも、よかったら、よかったらでいいの。ほんの少しだけ、幸せを分けてあげてほしいの」
抱きしめられた肩口から、小さく震える彼女の熱い呼吸が伝わってくる。アルス様という絶対的に底知れない存在の傍で、私たちはいつしか、血よりも濃い友情で結ばれていた。
「マルタ…ありがとうございます。私、あなたのことが大好きです」
「…私もよ、ベリル」
冷たい冬の夜風が吹く中で、いつまでも抱きしめ合っていた。
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