誕生編 ④
「おめでとうございます。奥様は間違いなく、ご懐妊されています」
自室のベッドの上。帝都から呼ばれた医師が、最新の魔導器具を私のお腹から離してそう告げた時。私はしばらく言葉を失ってしまった。
「まずは、安静になさってくださいね。…わたしはこれで失礼いたします。アルス卿、本当におめでとうございます」
そう言って深々と一礼し、医師は静かに部屋を後にした。バタン、と重い扉が閉まる音が響いた後。私は、ベッドの傍に立っているアルス様を見上げて、震える声で口を開いた。
「アルス様、私のお腹に、あなたの子供が……」
【ベリル:歓喜 92、不安 74、恐怖 17】
「ベリル。君は、怖いのかい?」
「え…?」
「そして、不安をひどく感じている。なぜかな。自分の子供ができるというのは、純粋に嬉しいだけじゃないのかい」
それは、どこまでもアルス様らしい、真っすぐな問いだった。
心の機微から隠したいような感情の裏側まで、手にとるようにすべてを見透かされているという、ちょっとした恐怖。だが、私は少しでも彼の背中を支えると誓ったのだ。ここで取り繕うのはやめよう。思っていることすべてを正直に話そう。
「アルス様、私は、元、奴隷です。物心ついた時から親の愛というものを知りませんし、正しい家族のあり方なんて、なにも知りません」
「うん」
「それでも、生まれてくるこの子には、正しく育ってほしい。誰よりも幸せに育ってほしい。そして、いつかはあなたの、大きな支えになってほしい」
「うん」
「でも、だからこそ、私には、その自信が少しだけ無くて。自分の手でこの子を正しく導くことができるのか、それがたまらなく怖くて、不安なのです」
アルス様は、静かに相槌を打つだけで何一つ表情を変えなかったけれど、私の言葉を遮ることはしなかった。私は彼の手を両手でギュッと握りしめる。
「でも、アルス様。あなたとなら、きっと大丈夫。…これらすべての不安を帳消しにするぐらい、私はいま、世界一、幸せですから」
彼は私の顔をじっと見つめ、ひとしきり何かを確認した後、少しだけ、頷いた。
「教えてくれて、ありがとう」
「アルス様」
「なんだい?」
「愛しています…心から」
「そうだね、僕もだよ」
ぽつりと返ってきた彼の一声は、愛する妻に向けた、心からの優しい返答のようでもあり、事務的に放った、ただの相づちのようでもあった。
※この小説を面白いと感じていただけましたら、★★★★★の評価と【ブックマーク】で応援お願いします。




