誕生編 ③
朝早くから、執務室の分厚い扉が勢いよく、かつてないほど乱暴に叩かれた。
「アルス様!アルス様っ!」
「…なんだい、マルタ。会食の準備ならまだ早いし、夜からの準備の――」
「奥様が、ベリル様が!ご懐妊なされたかもしれません!!」
息を切らし、顔を真っ赤に紅潮させたマルタが、開いたドアの隙間から大きな声で叫んだ。
僕に、子供が。
「そうか。わかった、すぐに医者を手配しよう。夜の会食は僕一人で出席するから、彼女には自室で安静にして休むように言っておいてくれ」
「はいっ、承知しました」
深く一礼すると、マルタは来た時と同じようにバタバタと一目散に走り去っていった。遠ざかる背中を見送りながら、僕は彼女の背中にスキャナーを走らせた。
【マルタ:歓喜 93、感激 83】
ほう。血の繋がりのない単なる友人の懐妊で、ここまでの数値を叩き出すのか。
人間にとって『生命の誕生』というイベントが、いかに感情を跳ね上げる強い調味料になるかという見事な証明だ。
僕に子供ができる。
ついに、これで単なる『夫婦』という枠組みから、『家族』という完全な社会単位での観測が出来る。僕は執務机からゆっくりと立ち上がり、 窓ガラスに映る自身の姿へと、静かに視線を向けた。
そして、『感情数値化』を、自分自身へと走らせる。
【アルス:知的好奇心 32、歓喜 0、憤怒 0、……エラー】
感情の数値に、特筆すべき変化はなしか。
実の子供ができるという事実を前にしても、僕の心は驚くほど静かで、どこまでも凪いでいた。でも、楽しみだ。血を分けた子供という新しい存在。
かつて見た、両親の笑顔の『理由』。
ガイが己を壊してまで狂わされた『家族への愛情』。
新たなる生命、彼…または彼女を用いることで、少しは理解できるだろうか。僕が納得できる明確な答えが、今度こそ出るのだろうか。
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