誕生編 ①
正式にアルス様と籍を入れ、『奥様』という立場になった後も、私はアルス様に同行する公務や食事会の日を除いて、依然として使用人と同じように屋敷の裏方仕事を手伝い続けていた。
「さて、お洗濯も終わったし、次は庭園の…」
「あらあらご夫人。今日も精が出ますね」
洗濯物を畳み終えて一息ついていると、マルタがからかうような笑顔で声をかけてきた。
その背後から、ひどく慌てたような声が飛んでくる。
「ベ、ベリル奥様…!なぜそのような格好を!?」
目を丸くしているのは、最近この屋敷に雇われたばかりの若い使用人、クロエだ。私がシンプルなエプロンドレス姿で立ち働いているのを見て、パニックになっているらしい。
「ふふっ。彼女は少し特別なのよ。ね、ベリル」
「何故またそのような…!お掃除やお洗濯なんて、すべて我々使用人に任せておいていただければよいのに…!」
「ふふ、気にしないでクロエ。私の個人的なわがままで、好きでやっていることだから」
私がそう言って微笑むと、クロエは感動したように目を輝かせた。
私は気を取り直し、残りのシーツを畳もうと手を伸ばした。
――その時だった。
「あれ…?マルタ、このお洗濯物、なにか変な香りがしませんか…?」
「えっ?特にはしないけど…?」
ズン、と。急に胃の底を掻き回されるような、強烈な吐き気が込み上げてきた。
「うっ…!すみません、私っ…」
「ベリル…!?」
私は反射的に口元を押さえ、足早に近くの化粧室へと駆け込んだ。
「うぇっ……はぁっ……っ」
便器に手をつき、ひとしきり呻いて胃液を吐き出す。
急な体調不良かしら。最近、少し休養が足りていなかったのかもしれない。
苦しい呼吸を整えていると、ドアの外から二人の心配そうな声が聞こえてきた。
『ベリル…大丈夫…?』
「はい……すみません。少し気分が悪くなっただけで…もう、大丈夫です」
冷たい水で口をゆすぎ、大きく深呼吸をすると、嘘のように気分が楽になっていた。
「ご無理はなさらないでくださいね、奥様。今日はもうお部屋でお休みになって…」
「ありがとう。でも、もう大丈夫です。…あと、私のことは、ベリル、でいいですよ」
心配するマルタとクロエにそう笑いかけながら、私は小さく息を吐いた。
アルス様の妻として、もっとしっかり健康管理をして働かなきゃ。
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