狂信者編 ⑧
その後、すぐにカプラン殿の護衛と、知らせを受けた帝国の衛兵たちが駆けつけた。 豪華だったダイニングは、ひっくり返った椅子と零れたスープ、そして衛兵たちの慌ただしい足音や怒号によって、見る影もなく荒れ果てていた。
「申し訳ありません………。本当に、申し訳ありません、アルス卿っ…!」
床に何度も頭を擦りつけるようにして、カプラン殿が涙ながらに謝罪を繰り返している。
「まさか妻が…アデリアがあのような狂行に及ぶなど…!あなたの奥方に、あろうことか刃を向けるなんて……」
「カプラン殿。どうか頭を上げてください。…誰も怪我をしなくて、本当によかった」
アルス様は彼の手をとり、まるで本物の聖者のような慈愛に満ちた表情で、優しく労った。
その完璧な顔立ちを見るたびに、彼が数分前に放ったあの『囁き』が脳裏をよぎり、私の胃の奥がヒヤリと冷たくなる。
一方のアデリア夫人はといえば、完全に抜け殻のようになっていた。衛兵に両腕を掴まれ、引きずられるようにして連行されながらも、彼女はうつろな目で、ブツブツとうわごとだけを呟き続けている。
「…ちがう…ちがうの…アルスさま……わたしは…」
もう、そこに先ほどの恐ろしい狂信のエネルギーはない。信じていた神から「虫」と切り捨てられたことで、彼女の自我は完全にへし折られ、自壊してしまったのだ。
「恩赦の道を探しましょう。カプラン殿、今日はどうかお休みなさい」
「ああっ…アルス卿、あなたは…本当に……」
泣き崩れそうになりながら何度も感謝の言葉を振り絞り、彼もまた、連行されていく妻の背中を追うようにして屋敷を後にした。
騒々しかったダイニングに、ふたたび静寂が落ちる。残されたのは、主人であるアルス様と、私だけ。
「――綺麗に片付いたね」
アルス様が、何事もなかったかのように振り返った。そして、私の顔をマジマジと見つめると、心底満足そうに、無邪気な笑みを浮かべたのだ。
「ベリル、どうだったかな?」
「え…」
「今日の食事会だよ。おもしろかったね」
それは、劇場の特等席で素晴らしい悲劇の幕引きを見たような。無垢な子供のような顔だった。
――おもしろかった。
たったそれだけの理由で、先ほど一つの裕福な家庭が完全に崩壊したのだ。私の胸にこみ上げたのは、怒りでも悲しみでもなく、慣れていたはずなのに、どうしても拭い切れない、純粋な恐怖だった。
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