狂信者編 ⑦
「…殺してやる」
「アデリア…お前、今、何て言っ……」
先ほどまでの豪華な食事会の華やぎが一瞬で冷え切り、ダイニングの空気が、アデリア夫人の異常な殺意で塗りつぶされた。
【アデリア:ベリルへの嫉妬 98、ベリルへの憎悪 94、理性 15】
「殺してやる…殺してやる!アルス様を誑かす悪魔め…殺してやる!!」
彼女は、銀色の肉切りナイフを頭上に振りかぶり、私に向かって凄まじい形相で叫んだ。
カプラン殿が悲鳴を上げて止めに入ろうとするが、まったく間に合わない。そんな中、隣に座っていたアルス様が素早く立ち上がり、両手を広げて彼女をなだめようとした。
「落ち着いてくれアデリアさん!頼む、ベリルに手を出さないでくれ!」
「アルス様、どいてください!その女はあなたをダメにする悪魔ですわ!」
「お願いだ!彼女は、僕の大切な人なんだ!」
――ああ、わざとだ。
心の中で、私は戦慄とともに冷静に理解していた。アルス様が「手を出さないでくれ」「僕の大切な人だ」と庇えば庇うほど、アデリア夫人の狂信と嫉妬の炎に大量の油を注ぐことになるのは火を見るより明らかだ。
案の定、アルス様の言葉を聞いたアデリア夫人の瞳孔が限界まで縮んでいた。
「ああ…可哀想なアルス様…!そこまで毒されているのですね…なら、私が今すぐ解放して差し上げます!」
アデリア夫人が、獣のような叫びを上げて私へと飛びかかってきた。
白刃が空を切る。
だが、その凶刃が私の喉を裂くよりも早く――。
ガシッ、と。間に割って入ったアルス様が、彼女の身体を正面から強く抱きとめたのだ。
「あっ…アルス、さま……?」
崇拝する神に抱きしめられたことで、アデリア夫人の動きがピタリと止まる。
――狂行を制止した、感動的な抱擁。常人から見れば、そう見えただろう。だが、すぐ背後にいた私には、はっきりと聞こえてしまった。
アデリア夫人へと身を寄せるアルス様の薄い唇から紡がれた、絶対零度の囁きが。
「――無駄だよ、アデリア」
「え…?」
「僕たち『完璧な家族』に、君のような余計な虫が入る余地なんて、すこしも無いんだから」
さっきまでの「必死で妻を庇う熱い青年」など、影も形もない。私と過ごす幸福な時間も、アデリア夫人が崇拝した威厳ある姿も、すべてが最初から幻だったと思えるほどの、心が存在しない一言。
そして、アデリア夫人の瞳から、スッと狂信の光が消え失せた。
【アデリア:ベリルへの嫉妬 98→6、ベリルへの憎悪 94→3、理性 15→0】
アイデンティティを根本からへし折られ、何かが完全に自壊した顔だった。ああ…。やっぱり、この人は何も変わっていない。
私は、彼の腕に抱きとめられ、ピクリとも動かなくなったアデリア夫人を見つめながら、彼の底知れなさを再確認していた。
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