狂信者編 ⑥
――信じられない。
私の目の前で繰り広げられている光景は、あまりにも醜悪だった。神の使者であるアルス様が、あろうことか一介の小娘に「ありがとう」などと微笑みかけている。
講堂で拝見した、あの威厳に満ちた孤高の姿はどこへ行ったのか。今のアルス様の瞳には、完全にあの女しか見えていない。毒牙にかかっている。
ああ…なんということ。
あの御方が、あんな世俗のまがい物に心を奪われているなんて。あんな女の作る薄汚い料理に毒され、神聖な使命を忘れて、ただの平凡な男へと堕落させられようとしているのだ。
アルス様はお優しすぎる。きっとご自身では、ご自身が穢れはじめていることに気づいておられないのだわ。
アルス様に、あの薄汚れた女は似合わない。私が、どうにかして差し上げなければ。このままではアルス様が、帝国の聖者が、崇高な光が失われてしまう。
私が、彼を正しい道へと引き戻さなければ。
私が、彼を支えて差し上げなければ。
私が、そうすべきなのだ。
今、ここで。
「アデリア…?おい、アデリア…、聞いてるのか。顔色が悪いぞ」
隣で愚かな夫が何かを言っているが、耳障りな羽音のようだった。意味など脳に入ってこない。私の目は、ただ一点だけを見つめていた。アルス様の隣で、醜く笑うあの泥棒猫の、無防備な首筋を。
私の右手は、ゆっくりと、しかし確かな使命感を持って、銀色に輝く食事用の肉切りナイフを握りしめていた。
――ああ、アルス様…どうかご安心下さい。悲しき崇高なる魂よ。私が今、あなたの隣の汚物を…排除して差し上げます。
ガタンッ
私は何一つ迷うことなく、ナイフを握りしめたまま立ち上がった。
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