狂信者編 ⑤
そして数日後。
私が恐れていた、
カプラン家との私的な食事会の日がやってきた。
ダイニングに案内されたアデリア夫人は、
時折アルス様へ向けた熱狂的で
食い気味な発言をねじ込んでくるものの、
夫であるカプラン殿がうまく場をとりなし、
夕食は思いのほか平和な空気を保って進行していた。
…そう、最初は。
わざわざあの女性を私邸に招き入れたのだ。
アルス様がただの『穏やかな食事』で終わらせるはずがない。
「このラム肉のロースト、素晴らしい味わいですな」
「お口に合って何よりです。
ですが、実は私の一番のお気に入りは、
食後のアップルパイなんですよ」
和やかにワイングラスを傾けていたアルス様が、
ふいに目を細めて優しく微笑んだ。
「ベリルの焼いてくれるパイが、
本当に絶品でしてね。
私は、あれを楽しみに日々の激務をこなしていると
言っても過言ではないのですよ」
「アルス様…」
私が照れたように俯く隣で、
カチャッ、と無機質な音が響いた。
アデリア夫人が、握っていたフォークを落としたのだ。
彼女の目は見開かれ、
ギリ、ギリと歯を食いしばる音が聞こえてきそうだった。
「…そうですのね。
それは…すばらしい、ですわね…」
アデリア夫人の引き攣った声は、小刻みに震えていた。
これ以上煽るのは危険だ。
なんとか別の話題を振ろうとした、その時だった。
「きゃっ!」
退屈してダイニングテーブルの周りで遊んでいた
カプラン家の子供が足をもつれさせ、
アルス様の座る椅子に思い切りぶつかってしまったのだ。
その衝撃でグラスが揺れ、
中のワインがアルス様の真っ白な袖口へとこぼれてしまった。
「こらっ!アルス卿に何ということを…!
申し訳ありません………」
カプラン殿が青ざめて立ち上がるより早く、
私はすぐさま席を立ち、真っ白な布巾でアルス様の袖の汚れを拭き取った。
「アルス様、お怪我はありませんか?」
「大丈夫だよ。
…それより、カプラン殿のお子様が怪我をしなくてよかった」
アルス様はまったく動じた様子を見せず、
私の手から優しく布巾を…いや、布巾ごと私の手を握り、
そして、どこまでも甘く、温かい瞳で私を真っ直ぐに見つめ――
「ありがとう、ベリル。
君がいてくれて、助かったよ」
そう言って、どこまでも慈愛に満ちた、
完璧な『夫の笑顔』を向けたのだ。
背筋が凍る。
彼が、こんな無駄な感情を見せるはずがない。
これは明らかに『実験のスイッチ』を押し込むための顔だ、と。
「――っ……!!」
向かいの席から、間違いなく理性が千切れる音が聞こえた。
【アデリア:ベリルへの嫉妬 93→96、ベリルへの憎悪 81→88、理性 35】
私とアルス様だけの『夫婦の絆』を不用意に――いや、
意図的に見せつけられたことで、
アデリア夫人の中で、ついに何かが決定的に切断されてしまったのだ。
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