狂信者編 ③
幾日か経ち、帝国のホテルの広間を貸し切って、アルス様の慈善事業を後援する支援者たちのための食事会が開かれた。華やかな音楽と談笑が響く中、アルス様の元にはひっきりなしに挨拶の列ができていく。
その列の中に、過日の講堂で見かけた、あの異常な目つきの女性の姿があった。
「アルス卿。本日はこのような素晴らしい席にお招きいただき、光栄の至りに存じます」
彼女の隣で恭しく頭を下げたのは、恰幅の良い壮年の紳士だった。
彼はカプランと名乗った。帝国の急速な産業革命の波に乗り、本来はごく限られた者しか使えない『魔法』を、一般の兵士でも扱えるようにした『魔力駆動兵器』を開発し、一代で莫大な富を築いた資産家である。勇者や賢者と呼ばれる才ある者に頼るしかなかった、一部の強力な魔物への対抗も、近年では目まぐるしい技術革新が進んでいた。
「お初にお目にかかります、アルス卿、ならびに奥様。私は夫のカプランと申します。そしてこちらが妻の――」
「アデリアですわ!ああ、アルス様…!今日も一段と神々しいお姿……っ!」
夫の言葉を遮るように身を乗り出したアデリア夫人は、両手を胸の前で組み、うっとりとした表情でアルス様を見つめた。
【カプラン:アデリアへの疑念 43】
【アデリア:アルスへの信仰 96】
やはり、彼女の視界に私の姿など一切入っていないようだ。
「あなた方からの手厚いご寄付のおかげで、また一つ孤児院を救うことができました。感謝しますよ、カプラン殿、そしてアデリア夫人」
「もったいないお言葉ですわ!私の持てるすべては、アルス様の崇高な理想のためにあるのですから…!ねえ、あなたもそう思いますわよね?」
アデリア夫人は、異様な熱を帯びた瞳でアルス様を見つめたまま、隣にいる夫へと同意を求めた。そのただならぬ雰囲気に、夫であるカプラン殿は微かに表情を引きつらせた。
「お、おい、アデリア。アルス卿の前で失礼だぞ。…申し訳ありません。妻は少々、あなたの活動に感銘を受けすぎているようでして」
カプラン殿は愛想笑いを浮かべて妻をたしなめるが、その目には明らかな『困惑』と『危惧』の色が浮かんでいた。
長年寄り添ったはずの妻が、自分以外の青年に対して向ける、常軌を逸した狂信と執着。それを公の場で間近に見せつけられれば、いかに鈍感な夫であろうと「妻はどこかおかしいのではないか」と悟らざるを得ないだろう。
私も、先日彼女から向けられたあの殺意の視線を思い出し、背中を何か冷たいものが這うのを感じていた。
適当に話を切り上げて、彼らを遠ざけるべきだ。そう思って私が口を開きかけた、その時だった。
「素晴らしい熱意だ。ぜひ、お二人にはこれからも深く事業に関わっていただきたい」
アルス様は、慈愛に満ちた完璧な笑みを浮かべて、そう告げたのだ。
「カプラン殿。よろしければ後日、私邸へ個人的に食事にいらっしゃいませんか?もう少し静かな場所で、今後の展望についてゆっくりお話しできればと思いまして」
「っ……!?」
あまりの展開に私とカプラン殿が同時に呆然とするなか、アデリア夫人だけが「喜んで!」と狂喜の声を上げた。
なぜ、あんな異常な感情を抱いている危険な女を、わざわざ自宅へと招き入れるのか。アルス様の真意が分からず、私はただ、にこやかに微笑む彼の美しい横顔を、戦慄とともに見つめることしかできなかった。
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