狂信者編 ②
演説が終わると、演壇の前には長い握手の列ができていた。
「アルス卿…感激いたしました……!」
「私はこのような者です…ぜひ、ご検討を」
涙を浮かべてしきりに手を握る者、あるいは打算的な笑みで名刺を渡す者。その一つ一つに、アルス様は完璧な笑顔で応じていく。
私もまた、彼の隣で妻として、淑女としての微笑みを絶やさずに寄り添っていた。だが、ある女性の番になったとき、ふいに周囲の空気が少し変わった。
「アルス様!素晴らしい講演でした…!あなたは、神がこの腐敗した帝国に遣わした使者ですわ…!」
身なりの良いその女性の目には、熱狂的な狂気が宿っていた。彼女の瞳には文字通り、アルス様しか映っていないようだ。真横に立っている私のことなど視界に入っていないかのように、身を乗り出して語りかけている。そんな少し異常な女性に対しても、アルス様は穏やかに対応する。
「ありがとう。…ところで、私の妻であるベリルも話していたのだけれど――」
アルス様が私の肩にそっと手を置き、そう言った瞬間だった。
ギロリ、と。
先ほどの信者のような穏やかさから一転して、私を物理的に刺し貫くような、恐ろしいほどの憎悪の視線。
【アデリア:ベリルへの嫉妬 88→93、ベリルへの憎悪 75→81】
背筋が凍るような殺意を向けられながらも、私はこれまでの厳しい教育の賜物か、務めて冷静に、温和な空気を保って話しかける。
「お褒め頂き、ありがとうございます。主人の人道的活動にご理解を賜り、妻として大変嬉しく思います」
女性は血走った目で私を睨みつけたまま、何も言わなかった。気まずい沈黙が落ちたところで、ハルトマン伯爵つきの使用人が慌てて間に入る。
「ご、ご婦人…!そろそろ、次の方がお待ちですので…」
使用人に促され、彼女はしぶしぶといった感じで列から離れていったが…、しかし、その去り際。人混みに消えるその瞬間まで、彼女の歪んだ目つきは、私にずっと固定されたままだった。
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