恋愛編 ⑦
デートの熱気が冷めやらぬまま、私はアルス様の夜の私室を訪れていた。アルス様は、シャワーを浴び終えた後の緩やかな部屋着姿で、ベッドに背中を預けて本を読んでいた。窓から差し込む青い月光が、彼の肌を白く照らしている。
「ベリル。…まだ起きていたのかい」
「はい…お聞きしたいことがあったので」
私は、彼の傍らに歩み寄った。
「おいで、ベリル」
彼は、どこまでも優しく、それでいて自然に。恋人の当然の権利である様に、私をベッドへと誘う。今日、街で彼が見せた完璧なエスコート。伯爵への誇らしげな紹介。それら全てが、私の胸の中で澱のように重く沈んでいる。
「アルス様。…今日のこと、そして結婚を前提にというお話。私と貴方は、一体どのような関係なのですか」
アルス様は本を閉じ、ゆっくりと視線を上げた。
「いうまでもなく、恋人だね。君からの明確な返事は貰ってない気がするけど…。いずれは、夫婦という形になることも含めて」
「どうして、私なのですか。私よりも身分が高く、美しい令嬢など、アルス様ならいくらでも…」
私の問いに、アルス様はしばし、「うーん」と天井を見上げて考える仕草をした。その様子は、まるで数学の難問を解き明かそうとしている少年のようだった。
「僕の妻になるかもしれない女性だ、正直に話そう。僕はね、ベリル。
ずっと探しているんだ。あの時、僕の両親が、そしてミラが、僕に何を与えてくれたのか。その『答え』を解き明かすには、外からの観察だけでは限界があると思い至ったのさ」
「あの時、って…以前少しだけ伺った、故郷の村での…」
「そうだね」
「それに…観察、ですか…?」
「そう。内側に入る必要がある。アンナやリナ、パウルを見ていて、思ったんだ。家族という、見えない輪の中にね。…だから僕は、家族が欲しいんだ」
アルス様の声には、一欠片の熱もなかった。けれど、ベッドの淵に腰掛ける私に、彼はそっと近づき、頬を冷たい指先でそっと撫でた。
「でも、今日、君と街を歩いていて、君の笑顔を隣で見ていた時、少しだけ、家族というモノがどういう形なのか、見えた気がしたんだ」
彼は少しだけ目を細め、私をごく近くで見つめた。
「定義としては、『そのものの価値を認め、強く引きつけられる気持ち』または、『大事なものとして慕う心』かな。君への『愛』。これは、本物だと思うよ」
アルス様は冷徹で、合理的で、心の底は決して見ることができない。でも、嘘だけは、ついたことがない。
そんな彼が、『本物、だと思う、愛』と言った。その事実が、私自身に問いかける。
では、私は彼を、受け入れたいと思っているのか?
――紛れもなく、はい、と答えられるだろう。
では、その感情はどこから来るのか?
――思い出すのも気が狂いそうな悲惨な状況から、清潔なベッドで眠り、暖かな食事ができるまでに、引き上げてもらった恩は常日頃より感じている。
では、その恩を、彼への引け目を愛情だと勘違いしているのか?
――それは違う。彼のその空虚を、自分が埋めることができたらと思っている。
では、私であれば埋められると思っているのか?
――確証は無い。でも、この2年、彼の傍でずっと感じていた。できるのなら、彼の支えになりたい、と。
「答えを、聞かせてくれるかな」
一呼吸置いて、私は、答えた。
「よろしく、お願いします」
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