恋愛編 ⑥
帝国の中心街。眩しい陽光を反射するガラス張りのショッピングモールは、着飾った人々で賑わっていた。
私は今日、使用人としての制服を脱ぎ、アルス様が用意してくださった淡いブルーのドレスに身を包んでいた。
慣れない街中と、隣を歩くアルス様の存在感に、さっきから足元がふわふわと浮いているような心地がする。
「ベリル、少し歩くのが早かったかな? 疲れてはいないかい」
アルス様は、少しだけ足を緩め、優しく私の手を取った。その仕草はあまりにもスマートで、迷いがない。
道行く人々が、「なんて素敵な紳士だ」「素敵なカップルね…」とため息を漏らして振り返っていくのがわかる。
「…いえ、アルス様。大丈夫です。ただ、こうして二人で街へ出るなんて、夢のようで…」
(…本当に『夢』なのかもしれない)
私の脳裏には、数日前のあの騒々しい告白の夜がまだ焼き付いている。あの不気味なほど穏やかな求婚。そして今日の、完璧すぎる「恋人」としてのアルス様。
アルス様は、高級なブティックに入ると、慣れた手つきで私の羽織るものを選び、店員と会話する。
エスコートも、会話のタイミングも、気遣いも…すべてが理想的だ。理想的すぎて、まるで彼が『恋人の規範』という教科書を隅々まで暗記し、それを忠実に実行しているだけのように見えてしまう。
「おや、これはアルス卿ではありませんか! お久しぶりですな」
不意に、恰幅の良い紳士が声をかけてきた。確か、アルス様が支援している慈善事業の関係者でもある、ハルトマン伯爵だ。
「伯爵。お久しぶりです。今日は休みを頂いておりまして」
「ほう、隣の美しい令嬢は…。ああ、以前、舞踏会でお見かけしたことが…ベリル嬢、でしたかな? …!その手、まさか、ついに身を固められるのですかな!」
私の右腕が、アルス様の左腕を抱いているのを見て、伯爵が愉快そうに笑う。私は顔が熱くなるのを感じて俯いた。アルス様は逃げることなく、少しだけ誇らしげに微笑んだ。
「ええ、その『まさか』です。僕の、大切な女性です。…ほら、ベリル。ご挨拶を」
『大切な女性』。
アルス様の口から出たその言葉は、甘く、そして同時に鋭い棘のように私の胸に刺さった。彼は伯爵との会話の際、あくまで対等な「恋人」としての振る舞いを崩すことは無かった。
伯爵と別れ、再び夕暮れの街を歩き出す。
西日に照らされたアルス様の横顔は、彫刻のように美しく、そしてやはり…何も読み取らせてはくれない。
(…アルス様。貴方は今、何を計っておられるのですか?)
繋がれた手の温もりが、私を幸せにする。同時に、その温もりすらも「計算された体温」なのではないかという疑念が、私の喉元まで出かかっていた。
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