恋愛編 ⑤
アンナさんたちが屋敷を去った、その日の夜。
全ての業務を終え、 ようやく自室で一息つこうとしていた私の部屋の扉が、遠慮のない音を立てて開け放たれた。
「…ベリル。いい加減、白状しなさい」
仁王立ちで立っていたのは、怒りに満ちたような表情のマルタだった。
彼女の背後には、いつの間に集まったのか、他の使用人たちも鈴なりになってこちらを覗き込んでいる。
「…マ、マルタ。何…?夜分にそんなに大勢で……」
「とぼけないで!アンナさんがあんなに喜んで、あなたがこの数日間ずっと挙動不審だった理由よ! …何かあったんでしょう!」
マルタの追求に、他の使用人たちも「そうだそうだ!」「教えてください!」と野次馬根性全開で詰め寄ってくる。
私は、逃げ場を失ってじりじりと後退りし、ベッドの縁に腰を下ろした。
(…もう、隠し通せるものではない、か)
「わかりました…。皆さん、覚悟して、聞いてくださいね…」
ごくり…。
皆が生唾を飲み込む音が、静かな部屋に響く。私は少しずつ、あの夜、書斎に呼ばれた時のことを思い出していた。
部屋の明かりを落とし、月の光だけが差し込む中で、アルス様はいつもと変わらない瞳で私を見つめ…。
…そして、あろうことか。
「………あの…」
私が口を開くと、部屋中が水を打ったように静まり返った。私は顔が火を噴くほど熱くなるのを感じながら、震える声でその『言葉』を紡いだ。
「…アルス様に、言われ、たの……『僕と、結婚を前提に、付き合ってくれないか』って……」
一瞬の。
心臓が止まるような、沈黙。
そして――。
「「「キャ、キャアアアアアアアアーッッ!!」」」
「嘘でしょう!? アルス様が!? あのアルス様が求婚を!?」
「おめでとうございます! ベリル……いえ、奥様!!」
地鳴りのような歓声が、深夜の屋敷を揺らした。マルタは口を押さえてその場にへたり込み、他のメイドたちは抱き合って飛び跳ねている。
「ま、まだ返事をしたわけでは…。それに、アルス様が何を考えておられるのか、私にも…っ!」
私の必死の否定も、もはや嵐のような喧騒にかき消されていた。
質問攻め、冷やかし、明日の仕事のこと…。
結局、私が解放されたのは空が白み始める頃で、翌日の業務は全員が寝不足のままこなすことになったのは、言うまでもない。
けれど、最も眠れない夜を過ごしたのは、私に他ならない。
(結婚…家族………私と、あの方が?)
鏡に映った自分の顔は、かつて奴隷だった頃の絶望も、淑女を目指した頃の野心も消え、ただ一人の戸惑う「女」の顔をしていた。
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