恋愛編 ④
送別会から3日。爽やかな風が吹く青空の下、アンナさんたちが屋敷を去る日がやってきた。正門の前には、荷馬車を囲むようにして、アルス様を筆頭に屋敷の使用人たちが勢揃いしていた。
「本当にお世話になりました。…アルス様、貴方の慈悲は一生忘れません。そして、主人…ガイのことも」
アンナさんは馬車に乗る直前、深々と頭を下げた。アルス様はいつもの冷徹な…だが、どこか「満足感」に満ちた瞳で、一家を見送っていた。
けれど、私の意識はアルス様よりも、その横に立つベリルに向いていた。この数日間、彼女はずっと何かに怯えたような、あるいは熱に浮かされたような、はっきりしない態度を続けていた。
アルス様と目を合わせることすら避けていた彼女が、不意にアンナさんに歩み寄った。
「…アンナさん」
「ベリルさん? …どうかしましたか?」
ベリルは周囲に見えないように、アンナさんの耳元に顔を寄せた。そして、何事かを小さく囁いた。
その瞬間だった。
「…えっ!? ……ええっ!? それ、本当…? ベリルさん!」
アンナさんが、信じられないものを見たかのように目を見開き、大きな声を上げた。あごが外れてしまったかのように、開いた口がふさがっていない。
数舜の沈黙の後、アンナさんは驚愕の表情から一転、満面の笑みを浮かべると、ベリルの両手を力一杯握りしめ、ブンブンと上下に振り回す。
「まあ、まあ!なんてこと!なんてこと!おめでとう、おめでとうございます!ベリルさん、貴方ならきっと…いや、絶対になれますわ!」
「…あ、アンナさん、声が……声が大きいです…」
顔を真っ赤にして、アンナさんの口を塞ごうとするベリル。二人の様子は、まるで恋に浮かれた女友達同士のようで、…この屋敷の空気からは、あまりにも浮いて見えた。
一体、何を話したというの?
アンナさんのあの喜び様。リナさんも顔を真っ赤にして、ベリルを見つめている。パウルは…よくわかっていないような顔をしている。でも、ベリルだけを異様なまでに狼狽させる、「何か」。
馬車が動き出し、アンナさんたちが何度も手を振りながら去っていく中、私はベリルの横顔をじっと睨みつけた。
彼女は、走り去る馬車を見つめたまま、自分の頬を両手で押さえて呆然としていた。
これ以上、知らんぷりを続けるのは無理だ。今日の夜、彼女を問いただそう。
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