恋愛編 ②
「さあ、皆さん!遠慮しないで食べてちょうだい!」
私は、大皿に盛られた料理を次々とテーブルへ運んだ。今日はアンナさんたちの送別会。使用人仲間も、その家族も、みんな集まってこの2年間の無事を祝い、新しい門出を祝した。
広間にはリナたちの笑い声が響き、厨房からは美味しそうな香りが絶え間なく溢れている。それは、この屋敷にいることを忘れてしまうほど、人間らしくて温かい光景だった。
主であるアルス様は、こうした賑やかな集まりには滅多に顔を出さない。だからこそ、私たちは羽を伸ばし、心ゆくまで楽しむことができていたのだが…。
(アルス様なりのお心遣い、なのかしら)
「…あら?」
ふと、広間の入り口に影が落ちた。
「賑やかだね。アンナさん、パウル、リナ。名残惜しいけれど、準備は整っているようだ」
アルス様だった。いつものように、音もなく、隙のない足取りで。一家に歩み寄る彼を見た瞬間、広間の空気がわずかに緊張したのを私は感じた。
「アルス様! …はい。おかげさまで、明日への希望を持って出発できます。本当に、本当にありがとうございます」
アンナさんが深々と頭を下げる。アルス様はそれを満足そうに眺め、やがて、私の隣にいたベリルへと静かに視線を向けた。
「ベリル。…パーティーの途中ですまないが、少し話がある。書斎へ来てくれないか」
「…私……?」
ベリルが少し驚いたように、瞬きをした。アルス様は何も答えず、ただ「来なさい」とだけ瞳で告げ、背を向けて歩き出した。
「マルタ、…ごめんなさい。少し外します」
「ええ、大丈夫よ。ここは任せて」
ベリルはエプロンを少し整え、アルス様の背中を追って広間を出ていった。
それから1時間、2時間…。パーティーが盛り上がり、やがて夜が更けてお開きになっても、ベリルが戻ってくることはなかった。
アンナさんたちを部屋へ送り届け、後片付けを終えても、二階の書斎からは明かりが漏れたままで。
私は、冷えた紅茶のポットを抱えたまま、誰もいなくなった広間に立ち尽くしていた。
胸騒ぎがする。
アルス様の「観察」は、終わっていなかったのだ。
アンナさんたちの代わりに、彼が次に選んだのは…あの日からずっと影のように仕え続けてきた、ベリル…彼女なのではないのか。
あの日の彼女の様子が、脳裏によぎる。
掃除の行き届いた清潔な床に、自分の影が長く伸びていた。
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