恋愛編 ①
「――あと3日…」
私は、カレンダーに引かれた赤い印を見つめながら、静かに呟いた。かつて、あの凄惨な光景が広がっていた中庭には、今は穏やかな春の陽光が差し込み、手入れの行き届いた花々が揺れている。
ガイという男が自らの罪に耐え切れず、息を引き取ってから、2年。
あの日、「柱」を失ってボロボロだったアンナさんと二人の子供たちは、アルス様の計らいによってこの屋敷で過ごしていた。
アンナさんは使用人として働き、子供たちには、私たち使用人が交代で読み書きや計算を教えた。
そして3日後。彼らはついに、アルス様が用意してくださった街の働き口へと移り、 自立のための第一歩を踏み出す。
「ベリルさん、おはよう!何か、手伝えることあるかな?」
元気な声をかけてきたのは、12歳になったリナだ。かつての不安そうな瞳は消え、今では見違えるほど明るく、聡明な少女に成長していた。
「ええ、もちろんよ。…リナさんが街へ行ってしまうと、このお屋敷も少し静かになってしまいますね」
「ふふ、でも街は近いんだもん、また遊びに来るよ!…お父さんが亡くなった時に、私たちを救ってくれたこのお家は、私の第二の故郷だと思ってるから。ね、パウル!」
リナは屈託のない笑顔で答え、パウルの手を引いて庭へと駆けていった。マルタや他の使用人たちも、3日後の「送別パーティー」の話で持ちきりだ。
アルス様という、完璧な主人が統治するこの屋敷。あれからというもの、不思議とアルス様の『観察』は鳴りを潜め、不思議な平穏が根付いていた。
(平和だ…怖いほどに……)
私は、自分の胸に手を当てる。この2年間、アルス様は変わらず、彼女たちを援助し続けた。帝国の慈善活動にも、積極的に参加、支援されている。
でも、彼がアンナさんたちを救ったのも、慈善活動に積極的なのも、おそらく、純粋な善意だけではない。けれど、その過程で生まれたこの温かな日々に、私は、私たちは確実に救われている。
「さて…。アンナさんの新しい門出のために、最高のパーティーの準備を始めましょう。マルタ、厨房の在庫チェックをお願いするわね!」
「ええ、任せて、ベリル!」
私たちは笑顔を交わし、忙しく動き出した。
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