愛情編 ⑨
突き飛ばされた肩が、石畳で打ったお尻が、鈍く痛んだ。けれどそんな痛みよりも、目の前で繰り広げられている「崩壊」の光景が、私の思考を麻痺させていた。
「…来るな! 近寄るなと言っているだろう!!」
ガイはずぶ濡れのパウルを乱暴に抱きかかえ、泣き叫ぶリナの手を力任せに引いた。
数分前まで、この庭園は子供たちの明るい笑い声で満たされていたはずだった。色鮮やかなマリーゴールドのそばで、未来を信じて走り回っていた家族。
それが、たった一瞬の「偶然」によって、見るも無残なガラクタへと変わり果ててしまった。
「ガイ…、…待って!どこへ行くというの!」
「どこでもいい!あいつの目が届かない場所だ!ここにいたら、この子たちが、お前が…私の宝物が、あいつの復讐の餌食になってしまう!」
【アンナ:理性 88、困惑 93、ガイへの疑念 88】
【ガイ:理性 17→4、自責 100、家族への愛情 99】
アンナさんの瞳には、もはや夫への信頼は欠片も残っていなかった。死んだ魚のような暗闇。
「身寄りもない、お金もない…。このまま帝国へ逃げても、生きてはいけないわ…!仕事だって、住まいだって…これから探さなきゃならないのよ!これは、子供たちを守るために、あなたがすべき行動ではないわ!」
「煩いッッ!黙ってついてくればいいんだ!!」
(…これは…愛情、なのかしら…)
私は、震える手で土を払う。かつて、私は「奴隷」という地獄から救われた。あの家族も、同じように「難民」という地獄から救われたはずだった。
なのに、彼は自らその救いの手を振り払い、嵐が吹き荒れる荒野へと、再び戻ろうとしている。「子供たちを守るために」という、嘘か真かも分からない情動を盾にして。
「行くのなら、あなただけで行って!リナ!パウル!こっちへ!」
掴まれた手を振り払い、駆け寄る子供たちを搔き抱くアンナ。
「アンナ、お前まであいつの毒牙に…。もう、手遅れなのか…手遅れならば…私の手で…!」
混乱し、自ら愛する家族に襲い掛かるガイ。
私が「ひぃっ」と目を閉じた瞬間――。
「…どうしたんだい、ガイ。そんなに取り乱して」
いつの間にそこにいたのか、アルス様は、私の背後から錯乱するガイを見据えていた。
「あ、ある、す……」
彼がアルス様を視界に入れた瞬間、彼は身体をビクッと震わせた。凶暴な雰囲気が一転、付き物が落ちたように、寂し気に語り始めた。
「わ、私は、あの村が襲われた時から…あの、虐待は、終わったと、無かったことになったと。そう思っていた…」
「うん」
「だが、終わってなど、いなかった…。お前は生きていた、終わってなど居なかった…。私は、私はァァ…ッ!」
「君は、間違ってなどいない。正しかった。ただ、少し、幼かっただけだ」
アルス様は、子供を諭すように、優しく語りかける。だが、その『赦し』…いや、
どこまでも中立的で合理的なアルス様のお考えが、彼に止めを刺してしまった。
「また、その目…やめろ、やめてくれ…!私を見るな、見ないでくれ………。いっそ、私を罰し、て……」
【ガイ:自責 100、理性 4→0】
憎しみか、悲しみか。綯交ぜになったなった感情の奔流が、彼を駆け抜けていった気がした。
その叫びは、風へと消え――
バタン、
と彼は白目を剥き、ぴくりとも動かなくなった。
「あなた、あなた!」
「お父さん…!」
父親に駆け寄る、家族。
「僕は彼に、自らの『正義』と向き合うために、少しだけ助言を与えただけだ。それをどう解釈し、どう折り合いをつけるかは、彼の自由だ」
アルス様の声には、怒りも、悲しみも、失望もなかった。
「ベリル、見てごらん。あのご主人は、自分の『罪悪感』から逃げるために、愛する家族をも巻き込んで、自滅してしまったんだ。愛情は時に、どんな毒よりも残酷に、愛するものを蝕むんだね」
私は、何も答えられなかった。
響き渡る、リナの泣き声。
パウルの悲痛な叫び。
アンナの失望。
初めて目の当たりにした、『正しい』家族。しかし、それは歪んで、目の前で壊れた。
【ベリル:アルスへの愛情 7→12】
ふいに、アルス様の横顔へと目線をやると、自分の中の何かが、熱く、脈打つのを感じた。
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