愛情編 ①
「――愛情、か。やはり一筋縄ではいかないな」
書斎の椅子に深く腰掛け、僕は手帳の余白をペンで叩く。ベリルの身に起きた「人道的介入」。
僕は、直近の興味深い事象を思い出していた。そして、脳裏に古い記憶の断片が浮かぶ。
僕を笑顔で逃がした、両親。
そして、自らを犠牲に、僕を庇った、――ミラ。
あの時、彼らが示した「自己犠牲を伴う情動」。それこそが、僕がこの生涯をかけて解き明かすべき最大の謎だ。
愛情とは、与えられるものではなく、時間の経過と共に再帰的に編み上げられ、強固な鎖へと育まれるものなのではないか。
そんな仮説を立てていた時、扉が静かにノックされた。
「アルス様…来客でございます」
入ってきたのは、使用人のマルタ。彼女の背後には、同じく使用人の服を着たベリルが、伏し目がちに控えている。
「来客…誰だい?」
「王国の混乱から逃れてきた一家だそうで、かなり憔悴しております」
「ほう…わかった、応接室へ通しておいてくれないか」
「畏まりました。ベリル…お茶の用意を」
深く頭を下げ、部屋を去るマルタとベリル。
そこに『感情数値化』を走らせる。
【マルタ:恐怖 10、アルスへの忠誠 63、アルスへの猜疑心 18】
【ベリル:恐怖 15、アルスへの感謝 31、アルスへの愛情 7】
恐怖で人を支配するのは得策ではない。だが、円滑な上下関係を構築するために、適度に刺激も与えておくことが肝要だ。彼女らの現在の状態は良好であると言える。
だが、気になるのは…。
(ベリル…愛情?何故この数値が…不可解だ…)
おっと、来客だったな、考察するのは後だ。
僕は立ち上がり、鏡の前で身なりを整える。王国の崩壊は、確かに僕が原因だ。『人道的』に考えるなら、手を差し伸べるべきだろう。
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