アルスの過去編 ⑤
※この小説の続きをスムーズにお楽しみいただけるよう、【ブックマークに追加】を押して設定を保存してください。
その日は、雨が降っていた。
突如として村を襲った、耳を劈く咆哮。空を焦がす黒煙と、逃げ惑う人々の絶叫。僕の視界には、無数の数値が荒れ狂って表示されていた。
【生存本能:100】
【恐怖:100】
「――アルス君、危ないっ!!」
背後から響いたミラの声。振り返った瞬間、視界を巨大な影が覆った。魔物の鋭い爪が空を裂き、僕を庇うように前に出たミラの体が、空中を舞った。
【ミラ:恐怖 100、利他精神 60】
一瞬だった。地面に横たわる彼女の瞳からは、すでに光が消えていた。顔であった部分は、完膚なきまでに叩き潰されている。ついさっきまで僕の隣に在った人間が、今やただの肉塊だ。
「納得、できないな」
彼女には逃げる選択肢があった。数値上、僕を身代わりにすれば生存確率は上がっていたはずだ。なのに、なぜ彼女はこの選択をした?
「アルス! こっちだ、早く!!」
彼女の血で汚れ、立ち尽くす僕の手を、父さんが力任せに引いた。母さんも、震える手で僕の背中を押し、村の裏手にある森へと走り出す。
二人の頭上には、これまでに見たこともないほどの鮮烈な数値が浮かんでいた。
【父親:アルスへの愛情 88、恐怖 100、生存本能 92】
【母親:アルスへの愛情 98、恐怖 100、生存本能 100】
両親も数値は限界だ。
身を切るような恐怖に襲われ、一秒でも早くここから逃げ出したいという本能が、彼らを支配しているはずだった。
だが。
森の入り口で新たな魔物が迫ったその時、二人は僕を逃がすように突き飛ばし、
自ら魔物の前に立ちふさがった。
「逃げて、生きるのよ。アルス!」
「行け、走れ!行け!行くんだ!」
最期に僕を振り返った母さんの顔。
そして、それを見守る父さんの顔。
二人は、笑っていた。
【父親:恐怖 100、生存本能 100、希望 30、理性 72】
【母親:恐怖 100、生存本能 100、希望 23、理性 80】
意味が分からない。恐怖は振り切っており、死は確定的だ。生物として、笑える要素などどこにも存在しないはずだ。
破綻している。
異常だとすら言える。
それなのに、なぜ二人は、僕の両親は、穏やかな表情をするのか。
背後の断末魔を聞きながら、僕は森の中を走り続けた。
走り続けながらも、不可解なその数値と表情について思考を巡らせる。
なぜ、ミラは僕を庇ったのか。
なぜ、両親は身を挺して僕を逃がしたのか。
なぜ、彼女らは不可解な選択をしたのか。
その答えが得られない限り、僕の世界は未完成のままだ。
「そうだ、実験して解明しよう。その、正体を」
※この小説を面白いと感じていただけましたら、★★★★★の評価と【ブックマーク】で応援お願いします。




