勇者編 ⑤
朝の光が、これほどまでに残酷だとは思わなかった。
王都の中央広場。俺は、緊急招集された聖騎士団と、数千人の群衆に囲まれていた。かつて俺を称賛したその声は、今や冷ややかな「審判」のざわめきへと変わっている。
「勇者レオン。…いや、もはやそう呼ぶべきではないのかもしれんな」
壇上に立つ教皇が、憐れみすら混じった声で告げる。その手には、ギルドにあったものと同じ、俺たちの『活動記録』が握られていた。
「聖女を使い潰し、仲間に暴言を吐き、無能と称して管理役を追放した結果、パーティを自壊させた。…君の心には、もはや聖剣を宿すに足る『義』がない」
「待ってくれ!それは、あいつがが仕組んだことで――」
「黙れッ!」
教皇の怒声に、俺の言葉はかき消された。
「報告書は、驚くほど正確だった。彼が去った後の君の失態、ギルドへの不誠実な報告…すべて裏が取れている。さあ、剣を抜け。もし君がまだ『勇者』であるなら、聖剣は君の手に応えるはずだ」
俺は、腰の聖剣に手をかけた。
勝てる。抜ければ、俺が正しいと証明できる。俺は選ばれた人間なんだ。こんなところで終わるはずがない。
「う、おおおおおおおッ!!」
渾身の力を込めて、柄を引き抜こうとした。
だが。
――ガチリ、と。
鋼鉄同士が溶接されたかのように、剣は鞘から一ミリも動かなかった。
「…な、ぜだ…。抜けろ……抜けろよッ!!」
何度も、何度も、なりふり構わず柄を引く。だが、聖剣は冷たい石のように沈黙している。その時、俺の脳裏にアルスに言われた言葉が思い出される。
『聖剣の資格とは、君が信じているような「血筋」や「才能」じゃない。周囲から「勇者」として「観測」され続けることで維持される。脆い「合意」に過ぎないんだ』
煩い。
うるさい
俺は勇者なんだ。
煩い。
煩い。
煩い 煩い うるさい うるさい うるさい!!!
「ああああああアアアアァッ!!」
【レオン:カリスマ 0、気力 0、理性 0】
俺は地面に膝をつき、鞘ごと剣を叩きつけた。群衆から、失望と怒りの怒号が上がる。
「偽物だ!」
「クソ勇者め!騙しやがって!」
石が投げられた。一つが俺の額を割り、血が視界を赤く染める。騎士たちに引きずられ、俺は広場から追放された。称号、名声、財産、そして「力」。
すべてを、失った。
…どれくらい、泥の中を這いずっただろうか。夜の帳が下りる頃、俺は王都の隅にある、家畜の死骸が捨てられるようなゴミ捨て場に転がっていた。
「…あ…ああ……」
声も出ない。指一本動かす気力もない。ただ、自分がゴミの一部になったような感覚だけがあった。その時、靴が泥を踏む音がした。
「ああ、レオン、辛い思いをしたんだね」
見上げると、月を背負ったアルスが立っていた。彼は手帳を閉じ、俺の目の前にしゃがみ込む。
「アルス…殺せ…。もう、殺してくれ…」
俺が掠れた声で乞うと、アルスは心底不思議そうに首をかしげた。
「殺す?何故?僕はもう君に興味はないよ」
アルスは淡々と言い放ち、そして俺を観察する。
「…君が『勇者』として輝いていた時よりも、今の君の方が、よっぽど人間に見える」
「お前は…人間じゃない…。悪魔だ…」
「心外だな」
アルスは立ち上がり、俺に背を向けた。
「ありがとう、レオン。とても良いモノが見られたよ」
アルスの足音は、静かに、そして軽快に遠ざかっていく。俺は、自分の名前すら思い出せなくなるような深い闇の中で、ただ一人、震え続けることしかできなかった。
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