勇者編 ④
「――勇者レオンが、お一人で?」
ギルドの受付嬢の声が、閑散としたホールに冷たく響いた。
王都から数日離れた拠点都市。かつてなら、俺が足を踏み入れるだけで拍手が起き、花が舞ったはずだった。だが今、俺に向けられているのは、好奇の目と、隠しきれない嘲笑だ。
「…ガストンとクラリスは、別行動だ。一時的なものに過ぎない」
俺は精一杯の虚勢を張り、カウンターに魔物の牙を叩きつけた。影鬼の牙――本来なら金貨十枚は下らない大物だ。だが、俺の体はボロボロで、服は泥と乾いた血にまみれている。
「あぁ…。あいにくですが、レオン様。あなたへの依頼や、達成報告は受けるな、と上層部から言われております」
「何だと? 何の冗談だ!」
「冗談ではありません。…あちらをご覧ください」
受付嬢が指差した掲示板には、数枚の書簡が張り出されていた。
そこには、ガストンが匿名で投稿した「勇者のパーティメンバーへの非人道的行為」の記録と、クラリスが告発した「過去の非道な作戦」の詳細が、何十枚も複写されて配られていた。
血が沸騰する音がした。
「アルス…ッ、全て、すべてあいつの仕業かァァッ!」
俺は激昂し、掲示板に駆け寄り、その紙を破り捨てた。だが、周りの冒険者たちの囁きは止まらない。
「あの表情、やっぱり書いてあったことは本当なんだな」
「俺、勇者パーティ結構好きだったのに。何かの拍子に化けの皮が剥がれたのか?」
【レオン:カリスマ 80→45、焦燥 100、羞恥 30→70】
耳を塞いでも、声が突き刺さる。あいつがいなくなった途端、世界が俺に牙を剥き始めた。
いや、違う。世界が俺を評価していたのではなく、「アルスが世界を俺に都合よく解釈させていただけ」だったんだ。
俺はギルドを飛び出し、酒場へ向かった。酒が必要だった。だが、どの店に行っても「勇者様はお断りだ」「ツケが溜まってるんだよ」と門前払いされた。
あいつが裏で済ませていたはずの「雑務」――支払いや礼状、宿の予約。それが滞っただけで、俺の信用は紙屑以下の価値に成り下がっていた。
「…クソ。……クソッ!!」
俺は路地裏で壁を殴った。
手が痛い。心臓が痛い。
こんなはずじゃなかった。俺は選ばれた男で、あいつは俺を輝かせるための道具だったはずだ。
その時、路地の奥から聞き覚えのある、乾いた足音が近づいてきた。
【レオン:カリスマ 10、気力 30】
「…随分と、数値が下がっているね。レオン」
「!!」
俺は跳ねるように振り返った。暗がりに立っていたのは、あの時と全く変わらない、どこまでも無機質な瞳をしたアルスだった。
「アルス…!お前、お前が全部仕組んだんだな!ギルドの書類も、ガストンたちの裏切りも!」
「心外だな」
アルスは淡々と、手帳を開いた。
「僕はただ、事実を適切な場所へ配置しただけだ。ガストンには『自由』を、クラリスには『保身』を。彼らが元々持っていた欲求に従って動けるよう、背中を押してあげた。感謝されてもいいくらいだよ」
「ふざけるな! 俺たちは仲間だっただろ!」
「仲間、そうだね、仲間だよ。…で?」
アルスは一歩、俺に近づいた。彼の瞳には、怒りも憎しみも、何の色も宿っていない。
「測定結果が出たよ、レオン。やはり君の『カリスマ』というパラメータは、
僕という管理者がいて初めて機能するものだったようだ」
「うるさい…だまれ!!」
俺は聖剣を抜こうとした。だが、指が震えて鞘から抜けない。
恐怖。絶望。そして、自分への無価値感。
アルスはそれを見つめ、うっとり満足げに頷いた。こいつの表情らしい表情を、ここにきて初めて見た気がする。
「素晴らしい…。今の君は、とても美しいよ、レオン」
「お、お前…何を言ってるんだ…?」
「明日の朝…君の中に残っている最後の柱が折れる……」
アルスはそう言い残し、暗闇へと消えていった。
俺はその場に崩れ落ちた。
明日が来るのが、死ぬことよりも恐ろしかった。
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