淑女編 ④
お湯が、熱かった。痛いほどにこすり落とされた、汚れ。鏡の前に立たされた私は、そこに映る自分を、知らない誰かのように見つめていた。ボロボロの布の代わりに与えられたのは、絹でできた白いワンピース。髪からは垢の臭いが消え、代わりに、名前も知らない香りが漂っている。でも…。
(…やっぱり、何も変わらない)
身体を綺麗にしたところで、中身は変わらない。私の身体中の傷跡に、同情の様な、嫌悪の様な目を向ける。それが、私に刻まれた価値だ。
コンコン、と部屋の扉が鳴る。
「失礼するよ、ベリル。やはり、僕の見立て通りだ」
入ってきたアルスさんは、椅子に座る私の隣に立ち、鏡の中の私を熱心に観察し始めた。愛でるような、けれどどこか、「モノ」見るような目。
「…私に、何をさせるつもりですか」
「君に、価値を与えるんだ。ベリル」
アルスさんは、私の細い肩にそっと手を置いた。その感触は驚くほどに穏やかで…だからこそ、恐ろしい。
「君は今、自分を無価値だと思っているだろう。それは間違いだ。君には、僕がいる。君には、僕が与えよう。光を、輝きを、そして、新たなる命を」
「…私なんかに、そんな価値はありません。私は、銅貨一枚の…」
「そんなもの、他者が勝手に決めた君の値段だ。僕が、君をこの帝国の人気者に押し上げて見せよう」
アルスさんは、鏡越しの私に微笑んで見せた。その笑顔は完璧で、美しくて。けれど、その視線は私の目ではなく、私の頭上の「何か」を見ているようだった。
「君は、自由だ。僕が、さらに翼を与えよう。自由な空を、自分の翼で飛ぶんだ」
【ベリル:自尊心 10、希望 20、アルスへの信頼 12】
アルスさんは大きく手を広げ、熱弁する。私はそんな彼の姿に、少しだけ希望を見た。見てしまった。いや、見せられてしまっているのか…。
そんな私の困惑を他所に、彼は「楽しみにしているよ」と言い残し、優雅に部屋を後にした。
凪いだ水面に、水滴が落ちて、広がる。そんな感覚。色のない私の世界に、アルスさんという存在が、強引に「色」を流し込んでくる。
それが「救い」なのか「呪い」なのか、今の私にはまだ分からなかった。
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