淑女編 ③
「…全く、アルス様も何を考えていらっしゃるのかしら」
私は、磨き上げられた廊下を見つめながら、思わず溜息を漏らした。アルス様が裏路地から「拾って」こられたという、その少女。
いえ、少女と呼ぶのもおこがましい。あれは、ただの「汚物」だ。
ボロボロの布を纏い、髪には泥と脂がこびりついている。彼女が歩くたびに、せっかく磨いた床にどす黒い足跡が残り、鼻を突くような悪臭が廊下に漂う。
私たちが毎日、汗水垂らして維持しているこの屋敷の美しさを、たった一人で汚していく。
「ねえ、聞いた?あの子、奴隷市場から買ってきたんですって」
「嘘でしょう?奴隷なんて…同じ空気も吸いたくないわ!」
洗濯室の隅で、同僚の使用人たちが顔をゆがめ、噂している。
アルス様は、帝国に彗星のように現れた人格者だ。有り余る富を持ちながら、それを鼻にかけず、我々の様な使用人にもやさしく接してくださる。
風の噂では王国の勇者一行に追放された、と聞いた事がある…。でも、そんなものは持たざる者の妬みでしかない、お傍に仕えている私だからわかる、根も葉もないことだ。
慈悲深い教育者としても通っている、けれど、急に奴隷を買ってこられるなんて…。
アルス様が、彼女に風呂と着替えを用意してあげてくれ、と私に命じたときも、彼女は感謝するでもなく、その色の無い目を我々に向けるだけ。そこに「心」なんて立派なものがあるようには思えなかった。
「いい、ベリル。アルス様が拾ってくださったからといって、勘違いしないでちょうだい。どんな酔狂であなたを拾い上げたかは知らないけど、あなたは、この屋敷の床にこびりついた汚れと同じ。私たちが綺麗にしてあげなければ、誰も見向きもしない存在なんだから」
キツい言葉を投げつけても、彼女は表情一つ変えない。それが、余計に私の苛立ちを誘う。
【マルタ:嫌悪 88、優越感 20、困惑 40】
アルス様はあんな子を拾い上げて、何をなさろうとしているのか。使用人ごときが推し量れるものではないのだけど…。
幾重にも刻まれた彼女の身体の傷を見ながら、私は独り言ちるのだった。
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