淑女編 ②
ギィィ…ガコン。
鉄格子が軋み、閉じられる音。悪臭と暴力。それが、つい数分前までの私の世界のすべてだった。帝国の裏路地の、湿った冷気が肌を刺す。
「ベリル。おいで」
前を歩く、アルスと名乗った男の背中を見つめる。汚れ一つない、綺麗な服。正しく教育を受けてきたであろうその立ち振る舞い。だが、その言葉の優しさとは正反対の、暖かさが感じられない、声色。
檻の中で微笑んだあの人の顔を思い出すと、胸の奥がきゅっと、波打つ。
(自由…?)
希望を持ってしまいそうな自分を責めた。多分、16年。これまでの人生で一度も生きていて良いと思ったことなどない。
私にとって、世界とは苦痛を伴うだけの場所で、飼い主が変わると苦痛の種類が変わる、それだけだ。
この世界は。
無色。
透明。
自由なんていう輝かしい「色」が入ることなんて、ない。
そう。
檻から、前の飼い主へ。
前の飼い主から、檻へ。
檻から、この人の手元へ。
きっと、また、酷いことをされるのだろう。そうでなければ、あんな風に優しく笑いかけてくれるはずがない。きっと、もっと酷い「何か」が待っているに違いないんだ。
振り返ると、バラックが立ち並ぶ裏路地が、遠ざかっていくのが見えた。
「…」
アルスさん。あなたは、私を何に使うつもりなの?重労働…奉仕…もう、嫌だという感覚すらない。そして、最後には、また、檻の中、だろうか。
私は、繋がれていない自分の手を見つめる。
どこへでも行けるはずなのに、足は勝手に、この人の影を追いかけてしまう。
自由。
その言葉は、私にとってはどんな足枷よりも、ずっと重くて…怖いものだった。
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