花嫁編 ⑥
僕は、自分の「正義」を証明するためにここにいる。
そう。ただ、不愉快な「噂」を霧散させ、リリアの純真を再確認する。それだけの、極めて論理的な「確認作業」だ。
夜の静寂に沈む、リリアの屋敷。僕はあえて、婚約者としての特権を使い、事前の連絡なしに屋敷の中へと足を踏み入れた。すれ違う使用人達はそれぞれ驚いた表情であったが、それが僕であることを確認すると、順に傅いていく。「驚かせたいんだ」という、自分でも反吐が出るほど安っぽい嘘を胸の内で反芻する。
廊下を進む。いつもなら、この屋敷は凛とした空気に満ちているはずだった。だが見慣れたはずの回廊は、どこか湿り気を帯びているように感じられた。
ふと、リリアの寝室へと続く扉の隙間から、漏れ出しているものを感じた。それは、微かな白檀の香り。そして――彼女の、掠れた低い声。
「…そこは…もういいわ。もっと、強く…」
心臓が、一度だけ大きく、そして不快に跳ねた。僕は扉の影に身を潜め、わずかな隙間から中を覗き込んだ。
寝椅子に横たわるリリア。その足元には、例の「青年」が跪いている。ただの侍従が、主人の足を揉んでいるだけだ。光景としては、何ら不自然な点はない。
けれど、リリアの表情が、僕の知る彼女のそれとは決定的に違っていた。頬は紅潮し、瞳は微かに潤み、あらぬ方向を凝視している。
僕が彼女に触れる時、彼女が見せる「清廉の白百合」たる微笑みではない。
(…いや。違う。これは、ただの治療か何かだ。彼女が、あんな…)
脳が理解を拒絶しようとする。しかし、熱を帯びた彼女の吐息が耳に届くたび、
僕の、僕ですら知らない、
僕の、中の何かが、鎌首をもたげて、
鋭い目つきで、
僕を、睨みつける。
【レイ:正義 88→95、独占欲 45→72、リリアへの疑念 0→15、興奮 15】
彼女への扇情的な感情とは別の何かが屹立する感覚があったが、それが自分にも分からなかった。
漏れ聞こえる、声。
隙間から間者のように覗き込む、僕。
硬直したそれは、一体どこからくる感情なのか。
僕は自身の感情の置き場が分からなくなり、逃げるようにその場を去った。
帰ってからもう少し、この胸の内を自問してみよう。僕は、得体のしれない高揚感を感じながら、屋敷を後にした。
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