花嫁編 ④
執務室の窓から外を眺める。夕闇に包まれ始めた帝都の街並みは、秩序正しく、僕が守るべき平和そのものだ。
デスクの上には、結婚式の招待客リストと、式の進行表。帝国騎士としての名誉、愛する女性との輝かしい未来。僕の人生という盤面には、一つの「失策」も存在しないはずだった。
「――レイ様、少々よろしいでしょうか」
部下の一人が、どこか歯切れの悪い様子で部屋に入ってきた。彼は僕の直属の配下であり、忠誠心の高い男だ。その彼が、なぜか僕と目を合わせようとしない。
「何だ。式の警備に不備でもあったか?」
「いえ、そうではなく。…その、市井で流れている些末な『噂』についてですが。
レイ様の耳に入れておくべきかと」
噂。
社交界の連中が好む、根も葉もない汚らわしい娯楽か。僕は鼻で笑い、聞き流そうとした。だが、部下が口にした内容は、僕の心臓の奥に冷たい棘を突き立てた。
「…リリア様の屋敷に、新しく入った使用人のことです。類稀な美貌を持つ青年だとかで。近衛の間では、リリア様が彼を殊の外、近くに置いている……という、聞き苦しい邪推が囁かれております」
一瞬、空気が凍りついた。
僕は無言で部下を下がらせた。
一人になった部屋で、僕は自分の「正義」を反芻する。
馬鹿らしい。あのリリアが? 「清廉の白百合」と呼ばれる彼女が、名もなき青年に心を移すなど、天地がひっくり返ってもあり得ない。
これは、僕たちの家門の結びつきを快く思わない連中の、安っぽい工作に過ぎない。冷静に考えれば、そんなことは阿呆でも分かる道理だ。
…けれど、無意識に、右手の拳が、僅かに震えていた。
怒り?……違う。
悲しみ?……違う。
疑い?……違う。
【レイ:正義 86→88、功名心 65、独占欲 20→45、リリアへの疑念 0】
「…あり得ない。リリアは、僕のものだ」
僕はデスクを強く叩き、立ち上がった。
愛…そうだ、彼女への無垢なる愛情だ。僕には確信がある。
直接、彼女に確認すればいいだけのことだ。彼女の純潔を、無垢を、この目で。そうすれば、この不吉なざわめきも、一時の雑音として霧散するだろう。
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