アルスの過去編 ③
「おい、悪魔!お前、気味が悪ぃんだよ!」
俺は、逃げようともしないアルスの胸ぐらを掴み、力任せに突き飛ばした。
あいつは無様に地面に転がり、服を泥で汚したが、顔色一つ変えなかった。
痛がる素振りも見せなければ、腹を立てて睨み返してくることもしない。
「…なんだよ、その目は。また数えてるのかよ」
アルスは泥だらけのまま起き上がると、俺たちの顔をじっと、
順番に見つめてきた。
まるで、人を何か物でも見るような、確かめるような、不気味な視線。
「今は、いつもより高いね」
「何がだよ」
「集団攻撃による、快悦の数値。
それと、焦燥が、さっきより数ポイント増えている」
「…チッ、わけの分かんねえこと言いやがって!」
腹が立って、俺はあいつの腹を思い切り蹴り飛ばした。
鈍い音がして、アルスは壁際まで吹っ飛んでいく。
普通なら、ここで泣き叫ぶか、やめて、と命乞いをするはずだ。
なのに、あいつはただ、自分の腹部の汚れを払うように見つめる。
「どうしたんだい。加害しているのは君の方だろ」
「…っ、やめろ!!」
俺は叫んでいた。
殴っているのは俺なのに。
傷ついているのはあいつなのに。
どうして、俺の方が追い詰められているような気分になるんだ。
あいつの瞳の中には、俺という人間が映っていない。
ただの『現象』として、俺の暴力と感情を観察している。
それが、たまらなく怖かった。気持ち悪かった。
「お、おい…もう行こうぜ。こいつ、やっぱり人間じゃねえよ」
後ろで見ていた仲間たちも、怯えたように後退りする。
「気味が悪い…殴ってもスカッとしねぇし」
皆で踵を返し、その場を去るが…。
なんとなく、後ろが気になって振り返ってみた。
するとあいつは、不気味に水たまりを覗いていた。
【アルス:苦痛 66、心拍上昇 10、憤怒 0】
分からない。
分からないから怖い。
怖いから殴る。
そんな自分の困惑が、逡巡が、透けて見られているような気がして、
また怖くなった。




