修道女編 ⑥
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〇月×日 曇天
本日、『異端』エララの観察を急遽終了した。
最終的な結果は「極度な共感性の暴走による、自己愛の完全な欠落」。
これまでの実験体とは根本的に構造が異なっていたため、念のために推移を総括しておく。
【フェーズ1:観察】
彼女は「自分の食事すら他人に分け与える」という、
生物学的にあり得ない行動を取り続けていた。
私はこれを、自己陶酔や名誉欲といった『虚栄心』によるものと仮定し、
その動機の底にある「生存本能」を観測するために彼女に接触した。
【フェーズ2:調整】
対話による論理的な追求や、直接的な物理的暴力を用いて、
彼女に「死の恐怖」を与えた。
通常の人間であれば、ここで美辞麗句の虚栄が剥がれ落ち、
自らの命を最優先し数値の変化を見せる、はずだった。
【フェーズ3:観測打ち切り】
しかし、対象の【自己愛】の数値は、
物理的な破壊を与えられても決して上昇を見せなかった。
彼女は自分の命の危機よりも、他人の痛みに共感してしまう『異常個体』だった。
【総評】
これまでの実験体はすべて、正常に機能する生物だからこそ、
己の欲望と生存本能の葛藤によって見事な自滅を見せてくれた。
だが、今回のエララはそもそも『自己保存』が初期状態から構築されていない
「壊れた欠陥品」であった。
初めから壊れているモノを、これ以上観測・破壊することに意味はない。
しかし、貴重な体験であったことには変わりない上、
彼女はミラの件とも、関連している可能性がある。
手元にあった余剰資金を「維持費」として与え、実験を終了する。
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スラムの冷たい夜道を歩きながら、僕は革表紙の手帳をパタンと閉じた。
「…………」
彼女を『異常』と断じてよいものだったのだろうか。
だとすると、あの子も『異常』だったのだろうか。
その考えを、真の意味で『理解』できるのだろうか。
そして、心から『納得』できるのだろうか。
その、自己犠牲の精神を。
まあ、彼女のような壊れた個体は、世界中を探してもそうそういないだろう。
さあ、次はどこへ行こうか。




