修道女編 ①
僕が『王族』マクシミリアンから搾り取った莫大な借金と重税は、当然ながら王都の最下層にしわ寄せとなって現れていた。スラム街は今、飢えと暴力に支配された地獄の様相を呈している。
僕は、自分が設計した「バブル崩壊の余波」を観察するため、身なりを汚れたローブに着替え、難民で溢れ返る路地裏を静かに歩いていた。
そこかしこで、昨日まで隣人だった者たちが、わずかな水やパンの欠片を奪い合って殺し合っている。
生存限界における当然の帰結だ。
極限の飢餓の前では、理性や道徳といった社会的な装飾は維持できなくなる。生物原理として、自己保存の優先度が高まるのはごく自然なことだ。
「やめて!そのパンは、あの子の物です!」
汚泥にまみれた路地の角で、甲高い声が響いた。見やると、ボロボロの修道服を着たひとりの少女――教会の修道女だろうか。
骨と皮だけになった浮浪者の男から、小さな子供を庇って路地に押し倒されていた。
「うるせぇ!俺だって三日も何も食ってねえんだよ、偽善者ぶってんじゃねぇ!」
男が容赦なくシスターの頬を殴りつけ、硬いパンの欠片を奪い取って去っていく。口の端から血を流しながら、シスターの少女は、泣きじゃくる子供の背中を優しく撫でていた。
「ごめんね…ごめんなさい、私にもっと、力があれば…」
なるほど。
自己犠牲と弱者への庇護。極限状態においてあのような行動をとる場合、動機の源泉は「宗教的義務感」か「他者からの称賛欲求」、あるいは「本能的な同情心」のいずれかに分類される。
僕は立ち止まり、純粋な知的好奇心から彼女に向けて『感情数値化』を走らせた。
【エララ:利他心 100、自己犠牲 100、恐怖 30、自己愛 0】
「…ほう」
僕は、視界に表示された羅列を無言で見つめた。見間違いかと思い、もう一度スキャンをかけ直す。だが、数値は変わらない。
【自己愛 0】
奇妙だ。
生物が個体として機能するためには、自己を保存しようとする「自己愛」が必ず根底に存在しなければならない。
それが欠落しているということは、そもそも生物の構造的設計として成り立っていない。
僕のスキルに異常はない。だとしたら、彼女という個体そのものが、根本的にひどく『おかしい』ということになる。もう少し、観察してみたいという欲求が僕の中で膨れ上がる。
自らの生存欲求が欠落した人間は、この極限の飢餓世界において、一体どのような論理で存在を維持しているのだろうか。
僕は、疲弊した旅人の振りをし、倒れた彼女のもとへ静かに歩み寄った。
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