王子編 ⑤
「ラピスッ!! 貴様、私を嵌め――」
血走った目で振り返った私の視界には、すでにその姿はなかった。先ほどまで彼が持っていたはずのワイングラスだけが、主を失ってテーブルの上にコトリと置かれている。
「逃げたな!? あの詐欺師めェェッ!!衛兵!奴を捕らえろ!城門を封鎖しろッ!」
私が狂ったように喚き散らしても、動く者は誰もいなかった。城内はすでに未曾有の大パニックに陥っていた。
『暴動だァァッ!! スラムからの暴徒が城門を突破したぞ!』
『大商会からの借金の取り立てだ!国境の砦はすでに占拠された!』
窓の外から、けたたましい怒号と、炎の爆ぜる音が容赦なく鼓膜を叩く。私の偉大なる王城が、美しき私の王都が、怒り狂った民と債権者たちによって火の海に沈んでいく。
「ひぃっ!? やめろ、私に触るな!」
宝物庫に雪崩れ込んできたのは、私の忠実なはずの側近たちだった。だが彼らの目は、私への敬意など欠片もない。素早く残された本物の金貨や宝飾品を懐にねじ込むと、王である私を突き飛ばして我先にと逃げ出していくばかりだ。
「貴様ら! 不敬罪だ! それは私のものだ! 私の金だぞォ!」
だが、どんなに怒鳴っても彼らは止まらない。
やがて、私の最も愛した宝物庫には誰もいなくなった。
残されたのは、扉の外から迫り来る煙と熱波。そして――私が残りの全財産と国を担保にして買い占めた、部屋を埋め尽くすほどの『無価値な石ころ』だけ。
「あ…ああ……」
私は膝から崩れ落ちた。
嘘だ。
昨日まで、私は世界で一番金持ちだった。世界の文字通りすべてを買えるはずだった。
それが、たった一晩で。
国のすべてを失い、莫大な借金だけを背負い、
玉座も、
命も、
すべてがこの炎の中で燃え尽きるというのか?
【マクシミリアン:絶望 100、生存本能 80、現実逃避 80】
炎が宝物庫の絨毯に燃え移る。熱い。煙で息ができない。逃げなければ死ぬ。だが、私の足は、どうしてもこの『富の山』から離れようとしなかった。
「…ふふっ。嘘だ。こんなのは嘘だ……」
私は狂ったように笑い出し、這いつくばって七色の石をかき集めた。
「これは『富』だ。絶対的な数字だ。明日にはまた50倍に跳ね上がる。商会のクズどもめ、私からこの富を安く巻き上げる魂胆だろうが、騙されんぞ…」
【マクシミリアン:現実逃避 80→100、理性 0】
「うひっ、うひひひっ!ああ、美しい!私は神だ! 世界で一番豊かな王だ!!」
迫り来る炎の熱さすらも忘れ、ただひたすらに無価値な石ころを両腕に抱きしめる。
王城の天井が焼け落ちるその最後の瞬間まで、私は石の山に顔を埋め、ただ幸せな幻想を見ながら、笑い声を上げ続けていた。
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