王子編 ③
「素晴らしい…! さらに値上がりしているぞ!」
私が『星脈の輝石』に投資を始めてから、ひと月が経過した。王城の最も奥深く、私個人の宝物庫の中は、今や金貨ではなく、七色に輝く奇妙な石の山で埋め尽くされている。
この石の価格は、いまや私が最初に買った時の実に200倍に達していた。
ラピスの「市場予測」は完璧だ。彼がいつどこでこの不思議な石を仕入れてきているのかは知らないが、ただ買えば買うほど、私の資産の数字が天文学的に跳ね上がっていくのだ。
「フフッ、ハハハハッ! 見ろ、ただ転がしているだけで国が三つ買えるほどの富が私の手の中に! 歴代のどの王も成し得なかった前人未到の偉業だ!」
私は石で満たされた宝箱に顔を突っ込み、その冷たい輝きにすりすりと頬ずりをした。これが富だ。絶対の力だ。
「マクシー、素敵よ…」
そろそろエリナにも飽きてきた。女など掃いて捨てるほど居る。金さえ握らせればどんな下劣な行為ですら行う下等な生き物だ。もはや日々の退屈な政務などどうでもいい。書類にサインし、口の臭い貴族たちの陳情を聞く暇があるなら、一秒でも長くこの輝きを見つめて、資産表の数字が増えていくのを計算していたい。
「殿下ッ! どうか、どうか正気に戻ってくださいませ!!」
宝物庫の重い扉が開き、古参の宰相が血相を変えて転がり込んできた。
「なんだ騒々しい。私は今、我が王国が世界を支配するための計算で忙しいのだぞ」
「支配どころではありません! 殿下が出された『輝石買い占めのための臨時特別税』のせいで、王都のスラムでは餓死者が溢れ、暴動の兆しすらあります! さらに国軍への給金も遅れており、騎士団の不満も限界です!」
「なんだと?」
私は苛立ちと共に、輝石から顔を上げた。
「…愚か者が。この程度の計算もできんのか。よいか? この輝石の価値は来月にはさらに10倍になる。そうなれば、スラムの貧民ども全員に毎日肉を食わせてやれるし、騎士団には黄金の鎧を下賜できるのだぞ。今は『投資の時期』だ。パンの欠片がない程度で泣き喚くような貧弱な領民など、国の未来には不要なのだ!」
「狂っておられます!富とは民の汗と麦の積み重ねであって、実体のない石ころの数字遊びなどではありません!殿下はあのラピスという悪魔に、目を曇らされているのです!!」
「…衛兵」
私はこの先見の明のない、下らない宰相を処罰することにした。
「この老いぼれを地下牢へ放り込め。私の偉大なる経済戦略を理解できぬ無能な反逆者だ」
「殿下ッ!! 目をお覚ましください、殿下ァァ――ッ!!」
宰相の絶叫が廊下の奥に消えていくのを、私は聞き流した。
私の王国の発展を妬む、哀れな雑音だ。
【マクシミリアン:金欲 100、理性 70】
「…ご英断です、マクシミリアン殿下。先見の明なき者は、真の富の重みに耐えられませんからね」
いつのまにか宝物庫の影に立っていたラピスが、恭しく頭を下げる。私は満足げに頷いた。
「うむ。ところでラピスよ。帝国の買い占めに対抗するため、さらに市場の輝石を根こそぎ買い占めたい。だが国庫の現金はすでに限界だ。どうすればいい?」
「殿下。手はいくらでもありますよ。たとえば…殿下の『王位継承権』や『国境の砦』を担保に、他国の大商会から莫大な資金を借り入れる、というのはどうでしょう。数日で倍になるのですから、借金など無いに等しいかと」
「…!」
王位の担保。国を売るに等しい行為だ。だが、私の頭の中では、狂ったような黄金の計算式が暴走を始めていた。
「素晴らしい…! すぐに手配しろ! 私がすべての富を独占するのだ!!」
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