賢者編 ⑥
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彼女が足元で蠢いている中、僕は手帳を取り出した。
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〇月×日 曇り
本日、『賢者』クレアの観察を終了した。
最終的な結果は「存在証明の剥奪および罪悪の露呈による、完全なる論理破綻と自壊」。
予想されていた自己正当化への分岐は発生せず、幼児退行へと収束した。実に見事なデータだ。あらためて、この「実験」の推移を総括しておく。
【フェーズ1:調整】
彼女の「完璧な計算」とは、仲間を最適に導くためのものではなく、「他人の研究ノートに書かれた状況を無理やり再現するための制約」だった。
彼女は自分の魔法を当てるために「前衛に無茶な指示を出して敵を固定させる」ことでしか、借り物の優越感を保てない。
私は彼女が不具合を起こさないよう、前衛二人のストレスを監視し、裏で工作し「自作自演の天才劇」を延命させていたに過ぎない。
【フェーズ2:観察】
私が前衛への「補正」を切り替えた時の反応。
そもそも彼らは単体でも十分に戦えるベテラン冒険者だ。
ちょっとした支援魔法を付与し、彼女の指示を待たずとも最適解で動けるよう「自立」させた結果、彼らは瞬く間に結果を出した。
当然の結果だ。
他人の理論に縛られた「偽物の天才」など、現場の直感には勝てないのだ。その事実を突きつけられた時の彼女の狼狽えようは、実に滑稽だった。自分のメッキが剥がれ落ちる恐怖から、自ら致命的なミスを犯すに至った。
【フェーズ3:崩壊】
階層主…私は彼女にこれ以上ない、最高の形で敗北感をプレゼントした。
そして酒場での前衛陣の離反と、ギルド騎士の投入。
クレアが隠していた『研究ノート』と魔法院からの『極秘ファイル』。
これらが最適なタイミングで他者の手に渡るよう、私が少しだけ配置を変えた結果だ。
彼女を覆っていた『天才』という理性のドレスは一瞬で剥がれ落ちた。
自ら嘘で塗り固めた城塞が目の前でガラガラと崩れ去るあの興奮。幼児のように泣き喚いていた彼女の瞳から一切の光が消え去る瞬間。
この舞台に立ち会えた喜びを超えるものに、今後、果たして出会えるのだろうか。
【総評】
人間が掲げる『知恵』や『理性』など、これほどまでに脆く、そして美しい。
私にあるのは、達成感ではない。
「納得」だ。
クレア…「知性という服を盗んだ臆病な凡人」からは、もう新しいデータは期待できない。
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ギルドの冷たい石の床の上。
「ああ、あ、あぁぁ……うあ…ぁぁ…」
かつて「百年に一人の天才」を取り繕っていただけの偽物の慣れの果て。今や涙と涎にまみれ、まともな言葉も発せられない廃人と化している。
「ありがとう、クレア。とても良いモノが見られたよ」
僕は彼女の呻き声が響くギルドを背にして、革表紙の手帳をぱたんと閉じた。
さあ、次は、どうしようか。
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