未亡人ベリルは守り抜きたい⑥
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「あなた方の主張は、どちらも間違っています」
凛とした冷たい声が、怒号の飛び交う天幕を一瞬にして静まり返らせた。
立ち上がったベリルさんの姿を見て、私は息を呑んだ。
真っ直ぐに背筋を伸ばし、感情の一切を排除した冷徹な瞳。それは、あの日私を言葉の刃で解剖した、アルスさんそのものだった。
「な、何が間違っていると言うのだ、夫人!」
王国の高官が顔を引きつらせて怒鳴る。
「まずはあなたです。恐怖から感情的になり、自国の戦力も顧みずに挑発に乗るなど、外交官として三流以下の振る舞い。極めて非合理的です」
「なっ…!」
有無を言わさぬベリルさんの切り捨てに、高官は絶句した。
彼女はそのまま視線を外し、今度はハルトマン伯爵を真っ直ぐに見据えた。
「そしてハルトマン伯爵。夫への弔意は感謝いたします。ですが、あなたは怒りに任せ、この戦争が帝国にもたらす『真の損害』から、目を逸らしている」
「真の損害、だと…?」
ハルトマン伯爵が怪訝そうに眉をひそめる。
ベリルさんは、手元のグラス注がれた水を、一口、ゆっくりと口に含み、ごくり、と飲み込んだ。
「現在、帝国軍の兵站、武器の調達、そして国内の主要な流通網。その4割以上を、我がクォーツ家が掌握しております」
「…」
「もし伯爵が、当事者である私の意思を無視し、この無益な戦争を強行するというのであれば――」
ベリルさんは、言葉を一度そこで区切り、数瞬の沈黙の後、静かに言い放った。
「クォーツ家は一切の資産を凍結し、帝国軍への物資および資金の提供を、完全に停止いたします」
「な、なんだと…!?
そ、それでは帝国軍は動けなくなる!
いくらアルス卿の妻とはいえ、
そのような身勝手な権限行使が許されると…」
「私は『クォーツ家当主代行』です」
狼狽える伯爵を、ベリルさんの氷のような声が打ち据えた。
「夫が遺した契約と権利は、すべて私にあります。
資金も物資も中途半端な状態で、
どうやって王国と戦争を行うのですか?
…伯爵。あなたは今、感情に流され、
帝国の経済と軍事を崩壊させようとしているのですよ」
それは、ハルトマン伯爵の継戦能力そのものをへし折る、
完璧で無慈悲な『脅し』だった。
圧倒的な資本の暴力を突きつけられ、
ハルトマン伯爵の顔から血の気が引いていく。
…見事です、ベリルさん。
あなたがアルスさんの残した『剣』を振るうなら。
私は、盤面を完成させる『盾』となりましょう。
私は静かに立ち上がり、
すっかり言葉を失った男たちへ向けて微笑んだ。
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