未亡人ベリルは守り抜きたい⑤
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国境の天幕に、ハルトマン伯爵の声がこだましていた。
私の存在を指差し、彼自身の侵略、あるいは名誉への欲求を「未亡人の悲しみ」という言葉で正当化している。
(この人は、本当にアルス様のことを分かっていない…)
私は静かに目を伏せたまま、心の中で冷たく吐き捨てた。
アルス様は、決してこんな無意味な争いのために私を利用したりはしない。
「…ふざけるなッ!」
沈黙を破ったのは、エララ様の隣に座っていた王国の高官だった。
彼は顔を真っ赤にして立ち上がり、
テーブルを激しく叩いた。
「そもそも、レオンは我が国の籍をすでに剥奪された罪人に過ぎない!王国に責任を問うこと自体が言いがかりだ!それを口実に領土を奪おうなど、帝国の野蛮な侵略行為に他ならない!」
「野蛮だと?そちらの治安維持の甘さが招いた結果だろうが!大体、そちらの国は先の内乱で兵も物資も底を突いていると聞く。帝国軍が本気になれば、王都など数日で火の海になるのだぞ!」
「や、やってみるがいい!我が国の誇りにかけて、最後の一兵まで抗戦してやる!」
高官の言葉は、もはや外交でも何でもなかった。
ただの売り言葉に買い言葉。
怯えと焦りから、自ら交渉のテーブルを蹴り飛ばしているだけだ。
エララ様が「お待ちください」と止めようとするが、感情に任せて激昂した男たちには、もはやその声は届かない。
「…よかろう。我が国の寛大な譲歩を無にするというのだな」
ハルトマン伯爵は、顔を赤黒く染めて立ち上がった。
彼にとって、この法外な要求は、血の報復を我慢してやった『最大限の譲歩』のつもりだったのだ。
友の命の代償として提示した条件を、心ない言葉で跳ね除けられた純粋な怒り。
その心の奥底には、この機に乗じて英雄としての『名声を得たい』という野心もあったのかもしれないが…。
(私は、アルス様のように数値が見えるわけじゃない…冷静に、物事を見定めるのよ、ベリル)
どちらにせよ、彼の我慢は限界を超えてしまった。
「ならば、交渉は決裂だ。王国には、我が帝国軍の武力を以て、アルス卿の死に対する『回答』をさせてもらおう」
「望むところだ!」
戦争。
その決定的な二文字が、この場を支配しようとした。
やはり、ただの話し合いでこの男たちを止めることはできない。
アルス様がいつも実践していた。感情を制御し、盤上を自由に操る術。
私に、完璧に模倣できるとは思えないけれど…。
「――お待ちください」
やるしかない。
私はゆっくりと席を立ち、感情を一切排した、冷たく静かな声で言い放った。
「あなた方の主張は、どちらも間違っています」
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