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観測者アルスは解き明かしたい  作者: 邑沢 迅
サイドストーリー

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未亡人ベリルは守り抜きたい③

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「…ハルトマン伯爵。夫を想ってくださるお言葉、痛み入ります。ですが――」


 私は、ハルトマン伯爵の真っ直ぐに私を見据える目を受け止め、静かに言葉を紡いだ。


「夫は、誰よりも『非合理』を嫌う人でした。伯爵も、よくご存知のはずです」


「…非合理、だと?友の無念を晴らすことが、非合理だと言うのか、夫人!」


 伯爵が声を荒らげる。


 その怒りは、アルス様を想うが故のものだ。

 だからこそ、私は彼と同じ土俵に立ってはいけない。


「はい。今、王国と戦争を起こすことは、帝国にとっても極めて非合理です。もし夫がここにおり、自らの死によって無用な血が流れ、クォーツ家の、ひいては帝国の流通網に多大な悪影響を及ぼす算段を見れば…きっと、ひどく溜息をつくでしょう」


 私が淀みなくそう告げると、ハルトマン伯爵ははっとしたように目を見開いた。


「夫の死は、確かに悲劇です。ですが、あの人が何よりも重んじた『利益と効率』を捨ててまで弔い合戦を行うことを、あの人が喜ぶとは思えません」


「…」


 伯爵の顔から激情の色が少しずつ引き、アルス様と共に事業を進めていた頃の、冷静な政治家の顔が戻ってきた。

 彼も理解しているのだ。アルスという男が、いかに冷徹な合理主義者であったかを。


 そして同時に、一つの『現実』に思い至ったようだった。


「…つまり。アルス卿が遺した莫大な資産と流通の権限。それを継ぐあなたが、もし我々が強行に進軍した場合、帝国軍への支援を拒むと…そう言うおつもりですかな?」


「当主代行として、そのような非合理な戦いにクォーツ家の財を投じるわけにはいきません。ですが…私も、帝国と争うことは本意ではありません」


 私は、彼の威圧感に負けじと背筋を伸ばした。


「戦争ではなく、外交で解決すべきです。王国側も、この事態を重く受け止めているはず。国境付近での、両国の代表による会談の場を設けましょう」


「国境会談…」


「ええ。そこで王国の誠意を問い、帝国に有利な条件を引き出す。血を流さずに最大の利益を得る。それこそが、夫のやり方ではありませんか?」


 アルス様なら、きっとそうする。

 私の言葉に、ハルトマン伯爵は顎に手を当てて深く考え込んだ。


「…ふむ。よいでしょう。彼も、感情で動く人間を何より嘲笑う男でしたな。だが、王国側が誠意を見せなければ、その時は容赦しませんぞ。そして夫人、あなたにもその会談へ同席して頂きます」


「…承知いたしました」


「では、失礼させて頂く」


 ハルトマン伯爵が納得して帰っていくのを見送り、私は応接室のソファに深く沈み込んだ。


「はぁ…っ」


 全身の力が抜け、どっと疲労が押し寄せてくる。


 少しばかりアルス様の真似事をしただけで、こんなにも神経をすり減らすなんて。

 それに、最近なんだか少し、体調が優れない。胸の奥がムカムカして、立ちくらみがする。


「ベリル、大丈夫…顔色がよくないわよ…?」

「お母様…」


 心配して駆け寄ってきたマルタとエマに、私は無理に笑顔を作った。


「ええ、大丈夫。少し、休めば…」

「本当…?」


 エマは私を抱きしめ、見上げる。


「ええ、本当よ。心配ないわ」


 娘は私を心から心配してくれている。

 母親まで亡くしてしまうことを恐れているのかもしれない。


 大丈夫、疲れているだけ。

 ここで止まれば、多くの血が、無駄に流れることになるのだから。


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