未亡人ベリルは守り抜きたい①
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王都大教会に降り注ぐあたたかなステンドグラスの光。その下で、私が世界で一番愛する人の命は、静かに終わりを告げた。
「ベリルさん。お辛いでしょうが、少しお話があります」
どれだけの時間、冷たくなっていく彼の体を抱きしめて泣いていたのだろう。大司教であるエララ様が、悲痛な面持ちで私の肩にそっと手を置いた。
「元勇者レオンの凶行…。そして、帝国の要人であるアルスさんの死。これは、間違いなく両国の歴史を揺るがす大事件となります」
「…はい」
「教会の権限をもってしても、これほど重大な事件を隠匿することはできません。アルスさんと、レオンの遺体は、一時的にこの大教会で安置し、厳密な調査を行う必要があります。…すぐにご遺体を帝国へ連れ帰ることは、叶いません」
エララ様は、唇を噛み締めながら申し訳なさそうに告げた。
愛する夫の亡骸を置いて帰らなければならない。
その事実は、私の胸をさらにきつく締め付けた。
けれど。
私の背中には、小さな両腕が回されている。気丈にも涙を堪え、震えながら私に寄り添うエマの温もりがあった。
「…わかりました、エララ様。アルス様のこと、どうかよろしくお願いいたします」
「必ず、私が責任を持って。最も丁寧な形で後日、帝国へお送りいたします。ベリルさんは、エマさんと共に、一足先に帝国へお戻りください」
エララ様のその言葉には、ただの慰めではない、強い切迫感が込められていた。
帝国の要人が、他国で殺されたのだ。
本国にこの知らせが届けば、どうなるか。
私はハンカチで涙を拭い、エマの手をしっかりと握りしめた。
「エマ、帰りましょう。私たちの、お家へ」
「うん…お母様」
アルス様。あなたが守ってくれたこの子を、今度は私が守り抜いてみせます。だから、少しの間だけ、ここでお別れです。
私は冷たくなった彼の頬に最後にもう一度だけ触れ、
振り返ることなく、教会を後にした。
◇
国境を越え、帝都のクォーツ邸へと帰還する馬車の中。
行きにあれほど響いていた笑い声など嘘のように、重く冷たい静寂に包まれていた。
屋敷に到着し、事の顛末を聞いたゲルトやマルタたち使用人は、皆一様に言葉を失い、そして深く、深く悲しんだ。
特にマルタは、私を強く抱きしめて子供のように声を上げて泣いてくれた。その温かさに、私もまた何度目かわからない涙を流した。
でも、悲しみに浸る時間は、私には残されていなかった。
帰還から数日後。
喪服に身を包んだ私の元へ、一人の大貴族が弔問に訪れたのだ。
「おお、ベリル夫人。なんという悲劇か…!我が帝国が誇る偉大な才能が、あのような野蛮な国の元勇者ごときに奪われるとは…」
応接室に通されたその初老の男性は、肩を震わせながら、怒りと悲しみを露わにしていた。
「ハルトマン伯爵。お忙しい中、夫の弔問に足をお運びいただき、心より感謝申し上げます」
アルス様が生前、最も懇意にし、多大な利益をもたらしていた帝国の有力貴族だ。
私は淑女としての完璧な礼を取り、静かに頭を下げた。
「ええ、ええ。アルス卿には私も大層世話になった。彼のおかげで、帝国の流通と武力はどれほど発展したことか!…だからこそ、私は許せんのですよ。夫人」
ハルトマン伯爵の瞳の奥に、ギラリとした暗い炎が灯るのが見えた。それは、以前帝国の中心街で見せた穏やかなものとは違う、友を奪われたことに対する、純粋で激しい怒りの顔だった。
「これは帝国への明白な反逆です。アルス卿は我が国にとって、いや私にとっても、かけがえのない同志だった!彼を奪った無法な国を、決して許してはおけない。アルス卿の無念を晴らすため、我ら帝国軍が王国へ進軍するのだ!」
その言葉を聞いた瞬間、私の背筋に冷たい汗が伝った。
報復。
戦争。
それが、帝国の有力貴族である彼の『弔意』の正体だった。
彼が政治的な野心から言っているのは、生前の関係性からも明らかだ。本心から、アルス様の死を悼み、悲しんでくれている。だからこそ、血塗られた弔い合戦を起こそうとしているのだ。
(アルス様は…そんな非合理なこと、絶対に望まない)
彼はただ、純粋に観察を続けたかっただけ。
ただ、家族というものを作り上げたかっただけ。
自分の死を理由に、
無駄に殺し合い、
奪い合うなんて、
そんな無駄なことは彼は絶対にしない。
「…ハルトマン伯爵」
私は、静かに顔を上げた。
クォーツ家当主の妻として。
「夫を想ってくださるお言葉、痛み入ります。ですが――」
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