終章
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アルス様が亡くなってから、丁度10年の歳月が流れた。
あの日。王都での帝国の要人である彼の死は、大きな争いの火種になりかけた。
特に、生前のアルス様と懇意にしていたハルトマン伯爵の怒りは凄まじく、あの穏やかな老紳士が、帝国の議会で真っ先に大声を張り上げて、王国への報復を訴えていた。
だが、それは未然に防がれることとなった。
帝国側からは、アルス様の残された妻であるこの私が。
王国側からは、大司教であるエララ様が。
各々必死の呼びかけを行い、平和的な解決を強く望んだからだ。結果として、大きな戦争に発展することはなく、事態は静かに収束していったのだった。
お屋敷の裏手。
少しだけ森に入った木漏れ日の下に、彼のお墓はひっそりと佇んでいた。
墓標には、こう刻まれている。
――
To live in hearts we leave behind is not to die.
後に残した人々の心の中に生きることは、死ではない
Beloved Husband and Father, Baron Alus von Quartz.
最愛の夫であり父なる、アルス・フォン・クォーツ
――
「お母様、やっぱりここにいたのね」
背後から、良く通る声が響いた。振り返ると、そこに立っていたのは立派に成長した愛娘の姿だった。
「エマ…。ふふっ、貴女も来たのね。あなた、あの子も16歳。名実ともに、立派な淑女です」
「もう、からかわないで」
エマは少しだけ照れくさそうに笑いながら、手にした花束を墓標へとそっと置いた。今のクォーツ家は、このエマを若き当主として続いている。
アルス様。
あなたが残してくれた莫大な資産と、強固な人脈。生前から自分がこうなることを予見していたのか、それともただの完璧な備えだったのか。今となってはわかりようがないけれど。事業の引き継ぎは、驚くほど円滑だった。
エマも、あなたから受け継いだその類まれな聡明さで、立派に当主の務めを果たしてくれている。
それから…。
「あなたも、お父様にお花を手向けてあげて」
「はい、お母様」
エマの後ろから、男の子がひょっこりと顔を出した。エマの弟であり、私の大切な息子…ゴーシュ。
あの日、王都の教会で悲劇が起きた時、私のお腹には、密かに新たな命が宿っていたのだ。
当然、この子は父親であるアルス様の顔を知らない。
だから、私とエマはまるで昔話でもするように、不器用で困った、あの愛すべき人の行動を何度も何度もこの子に語り聞かせていた。
エマが愛おしそうにゴーシュを優しく撫でる。そしてエマは、ふと青く澄み渡った空を見上げて、弾けるような明るい声で天に向かって叫んだ。
「お父様ーっ!ゴーシュと私の頭の上の数値を、空から見てみてください!どんな風に見えますか!」
空を見上げた二人の横顔は、どこまでも、あなたにそっくりだ。
「アルス様。母親だけでも、この子たちを幸せにできていると信じています。これからも歩みを止めません。だから、いつまでも、私たち家族を空から見守っていてくださいね」
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