解明編 ⑧
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エララの論理には、一切の破綻がなかった。指摘されている通り、確かに僕は彼女たちを毎日観察し、あらゆる機微を欠かさず感じ取り、先回りしてすべての障害を排除してきた。
それは不安や不満によって、彼女たちの『数値』が揺らぐことを防ぐためだ。
ただ、それだけのはずだ。
——『理解』はできる。だが、どうしても『納得』ができない。
頭の中で堂々巡りの苦悩を繰り返していた、まさにその時だった。
「大司教様っ!外から不審な者がそちらに…きゃああっ!」
修道女の悲鳴と共に、分厚い礼拝堂の扉が重々しい音を立てて蹴り開けられた。そこに立っていたのは、ボロボロの外套を羽織り、濁りきった目で剣を引き摺る一人の男だった。
「ああ…アルス、アルスゥ…ッ!見つけたぞ…!」
「どちらさま、かな」
僕がわざとらしく眉をひそめると、男はステンドグラスの光の下で笑みを浮かべた。
「帝国の要人の視察、噂を聞いて来てみれば…。僥倖!神は俺を見捨てなかった!お前が慈善事業だなんて、笑わせる!俺はあれから、この世の地獄を味わったんだぞ…ッ!」
「ああ。思い出したよ。かつてのこの国の勇者、レオン、だったね」
「何処へ行っても石を投げられ、誰からも蔑まれた!お前だ……お前が、俺の全てを狂わせたんだぁぁッ!!」
かつての栄光など見る影もなく、怨嗟の塊となったレオンが、呪詛のように叫び声を上げる。狂乱状態にある彼は、一瞬で僕の『弱点』を見定めた。
僕の命ではなく、僕の足元にいたエマに向かって一直線に殺意を向け、その長剣を振り下ろしたのだ。
「エマ、下がっ――」
その瞬間。
僕の思考よりも先に、体が勝手に動いていた。エマの前に立ちはだかり、無意識に腕を交差する。一拍遅れて、左腕がひやりとしたかと思うと。
ドサリ、という乾いた音と共に視界の端で僕の左手が床を転がっていた。
「お父様、腕っ、腕が…ッ!」
「エマ。危ないから、下がるんだ」
鮮血が噴き出す左腕の激痛に呻くよりも先に、僕はなぜかエマにそう告げていた。対峙するレオンは、目を見開いて僕の姿に驚愕していた。
「お前が…子供の盾になっただと?」
「僕も、自覚がなくてね。全然、わからないよ」
僕は右手で、隠し持っていた護身用のナイフを素早く抜き放つ。
——相手は長剣。片や僕は短いナイフ。
しかも隻腕で、大量に出血している。
圧倒的に分が悪い。
考えるまでもない。
ここで無理に対峙するより、生存を最優先にして即座に逃亡するべきなのだ。僕の絶対的な『合理性』が、強烈な警鐘を鳴らしているというのに。
——なぜ僕は、こいつをここで仕留めようと踏み込んでいるんだ
——ザシュッ。
「ぐあぁッ!?」
僕の身体が、わずかに速くレオンの懐へと潜り込み、その胸の急所をナイフで深々と貫いた。
しかし。
致命傷を与えたと思った瞬間、ナイフ一本の重さでは彼の動きを完全に止めるには至らなかった。上段で構えていたレオンの長剣が逆手に持ち替えられ。そのまま、もつれ合うようにして僕の背中を、心臓ごと貫いた。
「——っ」
「ははは…ッ!ゴフッ、ははは!遂に、グフッ…。…お前をっ、俺の、復讐を…はははッ!!」
血をゴボゴボと吐き出しながら笑うレオン。最早言葉ですらない、呪いのような怨嗟が遠くで聞こえ――やがて、それもプツリと途絶え、レオンは事切れた。
僕も同時に力が抜け、冷たい石造りの床へと崩れ落ちる。
「アルス様!気を確かに、アルス様…ッ!!」
「お父様、お父様ぁあっ!」
「アルスさん!今お医者様を呼びますから…!」
遠のく意識の中で、ベリルとエマ、そしてエララの悲鳴のような声が聞こえる。よかった。エマもベリルも、無事なんだな。
それを確認した瞬間、なぜかずっと重かった心が、ふっと軽くなったような気がした。
彼女たちが泣き叫びながら僕に何かを必死に言っているが、いまいち何を言っているか、わからない。
音が拾えない。
聞こえない。
ただ、心配してくれているのだろうことはわかる。
僕は朦朧とする視界で、床に広がる鮮血の『水鏡』に、己の姿を映し、『感情数値化』を走らせる。
【アルス:健康 43→17、悲哀 0、憤怒 0、…エラー】
『健康』の数値はみるみるうちに下がり続け、死のゼロへと向かっている。だが、僕自身の感情を表す数値は、相変わらず空っぽで、変わらないままだった。
(僕はなんともない。痛くないよと、そう言ってあげたいのに)
口から零れるのは血の泡ばかりで、その一言すら絞り出せない。
(ああ、そんなに泣かないでくれ。君たちの悲しみで数値が濁ってしまう。正確な数値が取れなくなってしまう)
そんなことを遠のいていく意識の中、考えていると、不意に、血という赤黒いキャンバスに映る、自分自身の『表情』が飛び込んできたのだ。
——それは、あの日の両親と同じ、とても穏やかで、満ち足りたような『笑顔』だった。
ああ…そうか。
僕の感情はどうしようもなく壊れたままだった。
でも、どうやら僕は、自分の身と命を捨てていいと思えるほどに、この家族を愛していたらしい。
僕の人生を懸けて探していた、
両親のあの笑顔の理由。
ミラの自己犠牲の理由。
これが『愛情』か。
なるほど、納得だ。
それにしても。
よりにもよって最後の最後に、
僕にそれを気づかせてくれたのが、
レオン、君だとはね。
やっぱり、面白いな。
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