解明編 ⑤
※この小説の続きをスムーズにお楽しみいただけるよう、【ブックマークに追加】を押して設定を保存してください。
「大司教様。面会をご希望のお客様が、ご家族でお見えです」
「家族?私に直接ご面会を希望するご家族連れなど…。いったい、どなたでしょう」
礼拝堂で祈りを捧げていた私は、神官からの不自然な報告に首をひねった。
「それが、お名前は名乗られませんでした。ただ、身なりはとても美しく、所作も極めて洗練されておりました。通してよい身分の高い方かと存じましたので…」
「…他者を、そのように外見で見て、判断するものではありませんよ」
「し、失礼いたしました大司教様…!」
「わかりました。私が直接お伺いします」
神官を窘めながら、私は足早に礼拝堂の手前にある長椅子の方へと向かった。そして、ステンドグラスの光の下に佇むその男性の顔を見た瞬間。
「遠路はるばる、よくいらっしゃいました。神のお導き……………アルス、さん?」
そこには、あの日と同じように、酷く知的で、けれどどこか寂しげな目をしていた旅人、アルスさんが立っていた。
「久しぶりだね、エララ。大司教だなんて、見違えたよ」
アルスさんは穏やかな顔でそう言うと、隣にいる二人へと視線を移した。
「妻のベリルと、娘のエマだ」
「ベリルでございます」
「エマ、です!」
美しい奥方と、可愛らしい娘さんが、私に向かって完璧で微笑ましい挨拶を見せてくれた。
「初めまして。エララです。アルスさんとは…そうですね、うーん……私の恩人、です」
咄嗟に、アルスさんとの特異な関係性を表せる言葉が見つからず、私は少しだけ頬を掻きながらなんとか笑顔を向けた。
「アルスさん。あの後、あなたからの多額の施しにより、ボロボロだった孤児院をこんな立派な教会として再建できました。傷ついた子供たちも、無事にあの冬を生き抜くことができたんです。本当に、ありがとうございます」
「お礼なら不要だよ。あの後の王国の混乱は、元を正せば僕が引き起こしたようなものだからね」
淡々とそう口にした後、彼は私の顔をじっと見つめ返した。
「立場も服装も変わっているが、その表情はあの日のままだね。安心したよ」
「ふふっ。アルスさんも全然お変わりありませんね」
「――君に強く抱きしめられたあの日から、僕の中には『わからないこと』がまた増えたよ」
「えっ…?」
アルスさんの口から突如飛び出した不穏な単語に、横にいたベリルさんの顔が、引き攣ったのがわかった。
「ア、アルスさん!奥様の前で、誤解を招くような発言はやめてくださいっ!」
「ごめんよ。さて、冗談はこれぐらいにして…。今日は、君に『答え』を聞きたくて来たんだ」
「答え…?」
私が首を傾げると、アルスさんは一度ベリルさんの方を振り返り、ゆっくりと口を開いた。
「僕にはね、『数値』が見えるんだ。その人の感情や欲求を表したものだ。
ベリル、君は薄々、気付いていたかもしれないけれど。はっきりと言葉にするのは、これが初めてだ」
「……っ!」
ベリルさんは目を見張って驚き、けれど同時に「ああ、やっぱり」とでも言うような、複雑な表情を浮かべた。
ごく稀にこの世界で発現するという、『固有の能力』というものだろうか。アルスさんは、再び私に向き直ると、射抜くような冷酷な声を出した。
「君には、人間にあるはずの『自己愛』が存在しなかった。今この瞬間も…ないね。そこには身を滅ぼすような『利他の精神』だけが鎮座している」
「…」
「僕は最初、そんな非合理な人間が存在するはずがないと思って君に近づいたんだ。あの日、君に強盗をけしかけたのも、僕なんだよ」
それは、身の毛もよだつような残酷な告白。背後でベリルさんが絶句して立ち尽くす中、彼は私に確かめるように問いかけた。
「僕を恨むかい?」
「いいえ」
私は全く迷わずに、静かに首を横に振った。
「やはり数値にも表れていない。『憤怒』も『憎悪』もゼロだ。…やはり君は異常だよ」
「異常なのではありませんよ、アルスさん」
私は真っ直ぐに彼の目を見つめ返した。
「アルスさん。あなたは、『愛』とは何か、わかりましたか?」
※この小説を面白いと感じていただけましたら、★★★★★の評価と【ブックマーク】で応援お願いします。




