↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/11

7


「魂(たましい)の交換(こうかん)。霊(れい)の交感(こうかん)は契約(けいやく)に必要(ひつよう)なことよ。その内、慣(な)れると思(おも)うわ」


「わた、わたしが、望(のぞ)まぬことは、しないと、いっ」


 ユースは私(わたし)と目線(めせん)を合(あ)わせるようにしゃがみ、私を抱(だ)きしめた。夜(よる)と花(はな)の香(かお)りが私(わたし)の鼻孔(びこう)を擽(くすぐ)り、眩暈(めまい)を加速(かそく)させた。


「嘘(うそ)つき」


 囁(ささや)くような声色(こわいろ)が、私の心臓(しんぞう)を跳(は)ね上(あ)げさせた。風(かぜ)の流(なが)れを感(かん)じられるほどに感覚(かんかく)が敏感(びんかん)になり、大気(たいき)が衣服(いふく)をすり抜(すり)けて、直接(ちょくせつ)私(わたし)の肌(はだ)に触(ふ)れているかのようであった。


 ユースの手(て)が衣服(いふく)に潜(もぐ)り込(こ)んで、私(わたし)の胸(むね)の小(ちい)さな先端(せんたん)を撫(な)でた。


「――」


 肩(かた)と腰(こし)が勝手(かって)に動(うご)き、体(からだ)が硬直(こうちょく)する。声(こえ)にならない悲鳴(ひめい)が、喉(のど)を溢(あふ)れ、視界(しかい)が暗(くら)く閉(と)ざされていく。見(み)えている筈(はず)なのに、世界(せかい)を認識(にんしき)出来(でき)なくなる。極度(きょくど)の睡魔(すいま)に襲(おそ)われているときのように、思考(しこう)が鈍(にぶ)り、ただ感覚(かんかく)だけが身体(からだ)に残(のこ)っていた。


「私(わたし)は嘘(うそ)を吐(つ)かないわ」


 私(わたし)は認(みと)めざるを得(え)なかった。私(わたし)は必死(ひっし)に頷(うなづ)いて、ユースが弄(もてあそ)ぶ手(て)を止(と)めるのを懇願(こんがん)した。私(わたし)の意識(いしき)が弾(はじ)け飛(と)ぶ寸前(すんぜん)にユースは手(て)を止(と)めた。だが、高《たか》ぶり、尖(とが)った感覚(かんかく)はユースが手(て)を止(と)めても収(おさ)ることはなかった。私(わたし)は全身(ぜんしん)の熱(ねつ)に耐(たえ)えきれなくなり、思(おも)わずその根源(こんげん)へと手(て)を伸(の)ばした。


「あら、はしたないわ」


 ユースに腕(うで)を掴(つか)まれ、ハッとする。私(わたし)は、何(なに)を。


「うるさい」


 私(わたし)は俯(うつむ)いて、熱(ねつ)と恥辱(ちじょく)に耐(た)え忍(しの)ぶしかなかった。


 ユースの手(て)が時折(ときおり)、私(わたし)の頭(あたま)を撫(な)でるのが、自分(じぶん)でも不思議(ふしぎ)なほどに、心地良(ここち)く感(かん)じたが、結局(けっきょく)は辛(つら)さが増(ま)すだけだった。


 ユースは悪戯(いたずら)に私(わたし)の顎(あご)や、首筋(くびすじ)、腰回(こしまわ)りなどを撫(な)でて私(わたし)を惑(まど)わせたが、私(わたし)は意地(いじ)でも声(こえ)を上(あ)げるまいと、唇(くちびる)を噛(か)み締(し)めた。やがて耐(た)え難(がた)い感覚(かんかく)の波(なみ)が収(おさ)まり、私(わたし)は顔(かお)を上(あ)げた。ユースと目(め)が合(あ)い、視線(しせん)を逸(そ)らそうとすると、ユースの手(て)が私(わたし)の顎(あご)を掴(つか)み、それを阻止(そし)した。


 私(わたし)はユースの瞳(ひとみ)に映(うつ)る自分(じぶん)の姿(すがた)を見(み)て、初(はじ)めて、変化(へんか)した自分(じぶん)の姿(すがた)を、確(たし)かに認識(にんしき)した。


 ――ああ。


 そして、私(わたし)は己(おのれ)に宿(やど)る本質(ほんしつ)の幻影(げんえい)を見(み)た。魔術師(まじゅつし)は皆(みな)、己(おのれ)の魔力(まりょく)を自覚(じかく)した時点(じてん)で、自身(じしん)の魂(たましい)の本質(ほんしつ)を、その象徴(しょうちょう)たる形象(けいしょう)を見るという。


 外円(がいえん)は、無数(むすう)の直線(ちょくせん)に刺(さ)し貫(つらぬ)かれた茨(いばら)の円環(えんかん)。


 その内側(うちがわ)に配列(はいれつ)されているのは、中央(ちゅうおう)に頂点(ちょうてん)を向(む)けた四(よ)つの正三角形(せいさんかくけい)。


 そして、中央(ちゅうおう)には円(えん)の内に鎖(とざ)された黒点(こくてん)。


 茨(いばら)の円環(えんかん)は即(すなわ)ち、苦悩(くのう)の象徴(しょうちょう)であるという。そして、その内側(うちがわ)に在(あ)る正三角形(せいさんかくけい)は、一般(いっぱん)には神聖(しんせい)の象徴(しょうちょう)だとされる。だが、同時(どうじ)にそれは、完全性(かんぜんせい)を意味(いみ)する四角形(しかくけい)の砕(くだ)けた姿(すがた)であり、砕(くだ)かれた完全性(かんぜんせい)、破(やぶ)れた理想(りそう)の象徴(しょうちょう)でもあった。

 

 最後(さいご)の円環(えんかん)と黒点(こくてん)は、光(ひかり)の宿(やど)らぬ瞳(ひとみ)の形象(けいしょう)であり──

 

「ちゃんと馴染(なじ)んだみたいね」


「……精霊(せいれい)との、契約(けいやく)とは、全(すべ)てが、こうなのか……」


「契約(けいやく)をする相手(あいて)によるわね。契約(けいやく)というのは端的(たんてき)に言えば、魂(たましい)……存在(そんざい)の本質(ほんしつ)……霊的性質(れいてきせいしつ)の接続(せつぞく)だもの。例(たと)えば火(ひ)の精霊(せいれい)なんかとの契約(けいやく)は全身(ぜんしん)を焼(や)かれるような苦痛(くつう)があると云(い)うわ」


「つまり、お前(まえ)が、淫猥(いんわい)なせいで、こんな目(め)に」


 ユースは嗤(わら)って私(わたし)の顔(かお)から手(て)を離(はな)した。


「そういうことにしておきましょう。貴方(あなた)の名誉(めいよ)のために」


 私(わたし)は憤慨(ふんがい)したが、言(い)い返(かえ)すことは出来(でき)なかった。そもそも、私(わたし)がきちんと拒絶(きょぜつ)の意(い)を発(はっ)していたのなら、彼女(かのじょ)は精霊(せいれい)の理(ことわり)によって、私(わたし)を害(がい)することは出来(でき)なかった。私(わたし)が本当(ほんとう)に拒(こば)んでいたのならば、彼女は(かのじょ)速(すみ)やかに契約(けいやく)を中断(ちゅうだん)して、私(わたし)を襲(おそ)ったあの忌々(いまいま)しい感覚(かんかく)の波(なみ)を止(と)めただろう。


「ねえ、そんなことよりも、貴方(あなた)の名(な)は? 私(わたし)、貴方(あなた)の名前(なまえ)が知(し)りたいわ。だって、私(わたし)だけ教(おし)えているなんて不公平(ふこうへい)でしょう」


 私(わたし)はどう答(こた)えるべきか迷(まよ)った。真実(しんじつ)の名(な)は魂(たましい)と強(つよ)い繋(つな)がりを持(も)ち、優(すぐ)れた魔術師(まじゅつし)ならば、名(な)を用(もち)いて、相手(あいて)を縛(しば)ることが出来(でき)るという。


 私(わたし)は真実(しんじつ)の名(な)を伝(つた)えることで、契約(けいやく)の主導権(しゅどうけん)が彼女(かのじょ)に移(うつ)ることを恐(おそ)れた。……いや。違(ちが)う。私(わたし)は、私(わたし)が男(おとこ)であった時(とき)に使(つか)っていた名(な)を名乗(なの)ることが、何(なん)となく憚(はばか)られるように思(おも)ったのだ。私(わたし)は、既(すで)に、私(わたし)ではないのだから。


 一(ひと)つだけ確(たし)かなことがあり、それは、ユースは私(わたし)に真実(しんじつ)の名(な)を伝(つた)えてはいないだろうということだ。何故(なぜ)だかは分(わ)からないが、そうだという確証(かくしょう)があった。或(ある)いは、これこそが、星(ほし)の女神(めがみ)の加護(かご)なのかもしれない。あらゆる欺瞞(ぎまん)を看破(かんぱ)する、審理(しんり)の瞳(ひとみ)。


 ……卑(いや)しいことだ。誰(だれ)もが何(なに)かを隠(かく)さなければ生(い)きていけぬというのに。私(わたし)は真実(しんじつ)など見(み)たくはない。


 だが。まあ、いい。この場(ば)で確(たし)かなことは、私(わたし)が偽(いつわ)りの名(な)を名乗(なの)っても。それはお互(たが)い様(さま)だということだけだ。


「……ヘレーネ」


 私(わたし)は、少(すこ)し考(かんが)え、今(いま)は亡(な)き祖母(そぼ)の名(な)を名乗(なの)ることにした。ユースは何度(なんど)か私(わたし)が名乗(なの)った名(な)を口(くち)の中(なか)で転(ころ)がすと満足(まんぞく)そうに頷(うなづ)いた。


 *


 私達(わたしたち)は、ユースが空(あ)けた大穴(おおあな)から、館(やかた)を出(で)た。私(わたし)はユースにあの館(たかた)のことを根掘(ねほ)り葉掘(はほ)り訊(き)いてみたのだが、彼女(かのじょ)は少(すこ)しだけ気分(きぶん)を害(がい)したように眉(まゆ)を顰(ひそ)め、それから沈黙(ちんもく)してしまった。私(わたし)は自分(じぶん)が良(よ)くない類(たぐい)の好奇心(こうきしん)を抱(だ)いていることに気(き)が付(つ)いていたが、どうにも好奇心(こうきしん)を抑(おさ)えられなかった。私(わたし)が余(あま)りにもしつこいので、ユースは遂(つい)に渋々(しぶしぶ)といった口調(くちょう)で口(くち)を開(ひら)いた。


「そもそも、あの館(やかた)は、何(なん)の為(ため)に建(た)てられたのだと思(おも)う? ヘレーネ」


「ふむ。……館(やかた)なのだから、居住(きょじゅう)が目的(もくてき)なのは間違(まちが)いない。神殿(しんでん)の類(たぐい)ではないが……儀式的痕跡(ぎしきてきこんせき)は存在(そんざい)していた。ところで……お前(まえ)が封印(ふういん)されていたことと、館(やかた)の建造目的(けんぞうもくてき)には何(なに)か関係(かんけい)があるのか?」


「ないわ」


 ユースはそれきっり何(なに)を聞(き)いても館(やかた)について語(かた)ることはしなかった。仕方(しかた)なく私(わたし)は諦(あきら)めることにした。悪戯(いたずら)な精霊(せいれい)が少(すく)なくとも寛大(かんだい)である内(うち)に。


 *


 硝子樹(がらすじゅ)の大森林(だいしんりん)に纏(まつ)わる伝承(でんしょう)は数多(かずおお)く存在(そんざい)している。かつて王国(おうこく)を追(お)われた魔術師(まじゅつし)が住(す)んでいるだとか。星(ほし)の女神(めがみ)が残(のこ)した古(ふる)い魔術(まじゅつ)が隠(かく)されているだとか。三眼(さんがん)の怪物(かいぶつ)が住(す)み着(つ)いているだとか。


 その大半(たいはん)は信(しん)じるに値(あたい)しない戯言(ざれごと)である。と、私(わたし)は思(おも)っていたのだが。どのような伝承(でんしょう)にも、例(たと)えそれが、欺瞞(ぎまん)に満(み)ちた作(つく)り話(はなし)だとしても、その話(はなし)の根源(こんげん)となるものが存在(そんざい)しているのだと、私(わたし)は思(おも)い知(し)らされた。


 私(わたし)は硝子樹(がらすじゅ)から落果(らっか)した実(み)を天(そら)に翳(かざ)して、その輝(かがや)きを覗(のぞ)き込(こ)んだ。無数(むすう)の光(ひかり)が黒色(こくしょく)の硝子質(がらすしつ)の実(み)の中に閉(と)じ込(こ)められている様(さま)は、まるで星空(ほしぞら)のようだった。


「硝子樹(がらすじゅ)の実(み)は、別名(べつめい)、夜空(よぞら)の瞳(ひとみ)と呼(よ)ばれるらしいが……」


 私(わたし)が必死(ひっし)になって黒硝子(くろがらす)の木(こ)の実(み)を覗(のぞ)いていると、ユースが面白(おもしろ)そうに笑(わら)った。私(わたし)にはユースが笑(わら)った理由(わけ)が容易(ようい)に推察(すいさつ)できたので、無視(むし)することにした。


「宝石(ほうせき)に夢中(むちゅう)になるおませな女(おんな)の子(こ)みたいね」


「……美(うつく)しいものは誰(だれ)が見(み)ても美(うつく)しいものだぞ」

 

 そう言(い)い返(かえ)したが、私(わたし)の言葉(ことば)にユースは感心(かんしん)した様子(ようす)はなかった。ただクスクスと笑(わら)って私(わたし)の手(て)を握(にぎ)った。私(わたし)は既(すで)に二度(にど)も転(ころ)んで、危(あや)うい思(おも)いをしていたので、振(ふ)り払(はら)うわけにもいかなかった。


 男(おとこ)の時(とき)よりも短(みじか)くなった脚(あし)は、足場(あしば)の悪(わる)い森(もり)の中(なか)を歩(ある)くのには適(てき)さなかった。何(なに)より、私(わたし)は男(おとこ)だった時(とき)の感覚(かんかく)が中々(なかなか)抜(ぬ)けず、元(もと)の身体(からだ)の歩幅(ほはば)で歩(ある)くせいか、地面(じめん)に散(ち)らばる硝子(がらす)の枝(えだ)に、何度(なんど)も躓(つまづ)いてしまった。その都度(つど)にユースが支(ささ)えてくれていたのだが、遂(つい)に面倒(めんどう)になったらしい。


 私(わたし)の身体(からだ)は、年頃(としごろ)の少女(しょうじょ)としては平均的(へいきんてき)なユース(勿論(もちろん)、ユースが年頃(としごろ)の少女(しょうじょ)であるという意味(いみ)ではない)の身体(からだ)よりも更(さら)に小さく、不便(ふべん)なものであった。


 もしも私(わたし)に、今(いま)の見(み)かけ通(どお)りの、子供(こども)らしい活発(かっぱつ)さが少(すこ)しでも残(のこ)っていたのならば、そんなことは気(き)にならなかったのだろうか。若返(わかがえ)った身体(からだ)を素直(すなお)に享受(きょうじゅ)できたのか。だが、残念(ざんねん)ながら、私(わたし)の活力(かつりょく)や純真(じゅんしん)さは当(とう)の昔(むかし)に時(とき)の流(なが)れと世(よ)の酷薄(こくはく)さが奪(うば)い去(さ)っていた。


 とはいえ。幾(いく)ら、この幼(おさ)い身体(からだ)に幾分(いくぶん)かの失望(しつぼう)を抱(いだ)いたにせよ。私(わたし)は傍(そば)に力(ちから)ある精霊(せいれい)が居(い)ることによって、安心(あんしん)と心強(こころづよ)さを獲得(かくとく)して、図太(ずぶと)くなっていたのは間違(まちが)いない。


 森(もり)の奥(おく)には宝石(ほうせき)のように煌(きら)めく硝子質(がらすしつ)の植物(しょくぶつ)が無数(むすう)に生(は)えていた。私(わたし)はこれがどれほどの価値(かち)になるだろうかと考(かんが)え、幾(いく)つかを摘(つ)み取(と)った(尤(もっと)も、実際(じっさい)に摘(つ)んだのはユースだが)。そして、私(わたし)はその時(とき)になって漸(ようや)く、金銭(きんせん)の問題(もんだい)に思い至(いた)った。


 今(いま)の私(わたし)の姿(すがた)では、古(ふる)い友人(ゆうじん)を訪(たず)ねることも出来(でき)ない。或(ある)いは、彼女(かのじょ)ならば、私(わたし)のこの偽(いつ)りの姿(すがた)を見抜(みぬ)いてくれるだろうか。──馬鹿馬鹿(ばかばか)しい。そして、図々(ずうずう)しく、女々(めめ)しい。期待(きたい)するべきではない。何(なに)せ。そもそも。あの日(ひ)、別(わか)れてから、一度(いちど)だって会(あ)っていないのだ。男(おとこ)の姿(すがた)であったとしても、分(わ)かるわけがない。


 それに、事実(じじつ)彼女(かのじょ)が優(すぐ)れた魔術師(まじゅつし)であるにしても、星(ほし)の女神(めがみ)による奇跡(きせき)を看破(かんぱ)することは困難(こんなん)である気(き)がした。


 私(わたし)はふと、嫌(いや)な想像(そうぞう)が脳裏(のうり)に浮(う)かび恐怖(きょうふ)から肩(かた)を竦(すく)めた。


「そんなに心配(しんぱい)しなくても。いざとなれば、私(わたし)が石(いし)を金(きん)に、塵(ちり)を宝石(ほうせき)に変(か)えてあげる」


「生憎(あいにく)だが、両替商(りょうがえしょう)や宝石商(ほうせきしょう)、銀行員(ぎんこういん)は皆(みな)、特殊(とくしゅな)な霊的欺瞞(れいてきぎまん)の看破(かんぱ)資格(しかく)を持(も)つ魔術師(まじゅつし)のみが行(おこな)うことになっている。偽装(ぎそう)された金(きん)や宝石(ほうせき)なんて、直(す)ぐにバレる」


「そう? 私(わたし)の変換(へんかん)を見破(みやぶ)れる魔術師(まじゅつし)が人間(にんげん)にそうそう居(い)るとも思(おも)えないけれど。それに錬金術(れんきんじゅつ)のような欺瞞(ぎまん)ではなくて、単純(たんじゅん)な物質変換(ぶっしつへんかん)だから、本物(ほんもの)だし」


「……だとしてもだ」


 恐(おそ)らく、ユースの言葉(ことば)は正(ただ)しいのだろう。人類(じんるい)の扱(あつか)う魔術(まじゅつ)と精霊(せいれい)の類(たぐい)が扱(あつか)う力(ちから)は、似通(にかよ)ってはいても、本質的(ほんしつてき)には違(ちが)うものだ。容易(ようい)に見破(みやぶ)れるとは私(わたし)も思(おも)わない。


 だが、オルニアスは魔術大国(まじゅつたいこく)だ。オルニアスの両替商(りょうがえしょう)は、優(すぐ)れた魔術師(まじゅつし)が商(あきな)っているのは間違(まちが)いない。無用(むよう)な危険(きけん)を冒(おか)すのは得策(とくさく)ではなかった。



 私(わたし)は先(ま)ずオルニアスの大学(だいはく)へ向(む)かい、ユースの力(ちから)を見(み)せるのが得策(とくさく)だろうと考(かんが)えた。上手(うま)く気(き)を引(ひ)くことが出来(でき)れば、何(なに)かしらの支援(しえん)が貰(もら)えるかもしれない。オルニアスの大学(だいがく)は優(すぐ)れた魔術師(まじゅつし)には支援(しえん)を惜(お)しまないことで有名(ゆうめい)だった。精霊使(せいれいつか)いであるとでも名乗(なの)れば、なんとかならないだろうか。私(わたし)がその考(かんが)えをユースに伝(つた)えると、ユースは逆(ぎゃく)に不安(ふあん)になるほどに、乗(の)り気(き)な笑(え)みを浮(う)かべた。


「任(まか)せておいて。貴方(あなた)が史上最強(しじょうさいきょう)の精霊魔術師(せいれいまじゅつし)になる日(ひ)は近(ちか)いわ」


 

 暫(しばら)く歩(ある)いていると、木々(きぎ)の密度(みつど)が減(へ)ってきていることに気(き)が付(つ)いた。出口(でぐち)に近付(ちかづ)いているらしい。私は道中(どうちゅう)獣(けもの)の類(たぐい)に出会(であ)わなかったことを思(おも)い、やはり、硝子樹(がらすじゅ)の大森林(だいしんりん)に生(い)き物(もの)は住(す)んでいないのだろうかと思(おも)った。或(ある)いは、獣(けもの)は霊的(れいてき)なものに敏感(びんかん)であるといい、高位(こうい)の精霊(せいれい)であるユースを恐(おそ)れて近付(ちかづ)かないのかもしれない。


 長(なが)らく乱雑(らんざつ)と硝子(がらす)の枝(えだ)や葉(は)が散(ち)らばっていた地面(じめん)に変化(へんか)が訪(おとず)れ、私(わたし)は枝(えだ)や葉(は)が横(よこ)に退(の)けられ、地面(じめん)が踏(ふ)み固(かた)められていることに気(き)が付(つ)いた。そして、更(さら)に歩(ある)いていると、木製(もくせい)の柵(さく)のようなものを私(わたし)は視界(しかい)に捉(とら)えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。