表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

6


「星の女神に(つか)えた盲目(もうもく)巫女達(みこたち)の正体を貴方(あなた)は知っている?」


 星の女神の信仰者達(しんこうしゃたち)は、(みな)(うるわ)しい女性であり、瞳を独特(どくとく)飾帯(かざりおび)(かく)していたという。(いつわ)りの暗黒(あんこく)に、星を見る為に。そして、星の信仰者(しんこうしゃ)の中に、男性の信徒(しんと)は限りなく少なく、現存(げんぞん)している神殿(しんでん)記録(きろく)には、数えるほどしか残されていないという。伝承(でんしょう)神話(しんわ)()いても、同様で、星の女神に(つか)えたとされる男性の逸話(いつわ)は、(あるじ)を守る(ため)に、太陽の騎士(きし)相対(あいたい)し、(のち)にその弟子(でし)になったとされる少年、(おさな)き星の半剣(はんけん)ステラだけだ。


 私は(いぶか)しんで、少女に話の続きを(もと)めた。


「星の瞳は、双眸(そうぼう)(あいだ)(あた)えられる、第三(だいさん)の瞳。それは、(すなわ)ち、()らぐことのない視座(しざ)天秤(てんびん)()支柱(しちゅう)完全性(かんぜんせい)象徴(しょうちょう)。……端的(たんてき)に言うのなら、星の瞳を与えられたものは、自らに()けているものを()る」


「……死に対する生とか?」


「男に対する女とかね」


 私は思わず(ひたい)に手を当てた。


「だが……あれは……」


「まみえたのでしょう? あの忌々(いまいま)しい、無垢(むく)(かがや)きに。(けが)れなき星の女神に」


「……」


 星の瞳とやらが、私に如何(いか)なる恩恵(おんけい)を与えてくれるのかは知らないが、それが()(はずかし)めに見合(みあ)うものであればいい。私は傍迷惑(はためいわく)な女神を(うら)んだ。何故(なにゆえ)に、私を死の内に(とど)()いて、くれなかったのか。星の女神が、私を巫女(みこ)(えら)ぶ理由など、何処(どこ)にもなく、私には見当(けんとう)も付かなかった。(ある)いは、これは懲罰(ちょうばつ)なのか──


「男であれ、女であれ、私が私であることに変わりはない」


 私の(つよ)がりに、少女は見透(みす)かすように笑った。


 人の持つ個性(こせい)とは大小様々(だいしょうさまざま)性質(せいしつ)集合(しゅうごう)である。確固(かっこ)たる唯一(ゆいいつ)本質(ほんしつ)などというものを持つのは神だけだろう。自身を構成(こうせい)している性質(もの)()われば、当然(とうぜん)()れ自体も変質(へんしつ)()けられない。もはや私は、私であるために、かつての私を脳裏(のうり)(きざ)み、それを(えん)じなければならなくなった。


「そんなことよりも。……(やかた)脱出(だっしゅつ)する方法(ほうほう)は。本当に知らないのか?」


貴方(あなた)が星の瞳を()時点(じてん)で、()(やかた)は貴方のものよ。もう結界(けっかい)はない。堂々(どうどう)玄関(げんかん)から出ればいいわ」


 私は一瞬(いっしゅん)、彼女の正しさ(うたが)ったが、そんなことは(たしか)かめれば()ぐに分かることであり、彼女が(うそ)()く理由もなかった。私は部屋(へや)(まど)(たた)()って彼女の言葉が正しいかを(たし)かめたくなったが、私の理性(りせい)野蛮(やばん)行為(こうい)(こば)んだ。


「私は帰る。……お前は、どうするんだ」


 少女は溌剌(はつらつ)と笑って、私の(うで)()れた。私は反射的(はんしゃてき)に思わず()り払って、後退(あとずさ)った。その接触(せっしょく)に、私の直観(ちょっかん)が、何か不穏(ふおん)なものを(かん)じたからだ。


取引(とりひき)しましょう」


取引(とりひき)だと」


 少女が人ならざる存在(そんざい)精霊(せいれい)(たぐい)であることは今となっては、間違(まちが)いない。精霊(せいれい)とは神の力の先触(さきぶ)れであり、(こぼ)()ちた神の力の断片(だんぺん)である。精霊達(せいれいたち)霊的(れいてき)交感(こうかん)により力を()るとされ、概念(がいねん)(くら)らうのだという。


 (ゆえ)精霊(せいれい)(とき)として、生き血を(すす)る。


「そう。取引(とりひき)不安(ふあん)に思う必要(ひつよう)はないわ。だって、貴方(あなた)星の瞳(しんりのひとみ)巫女(みこ)。全ての契約(けいやく)と全ての(ほう)が、貴方を裏切(うらぎ)ることはない」


 人ならざる霊的存在(れいてきそんざい)、その中でも、精霊(せいれい)との取引(とりひき)は、少なくとも、王国においては教会(きょうかい)発行(はっこう)する特別(とくべつ)資格(しかく)必要(ひつよう)となる。精霊契約(せいれいけいやく)は、(すぐ)れた霊媒(れいばい)を持つ魔術師か神官のみに許される、特殊(とくしゅな)技能(ぎのう)なのだ。


 (もっと)も、私に言わせれば、精霊(せいれい)との契約(けいやく)よりも、人間との契約(けいやく)の方が余程(よほど)危険(きけん)なのだが。精霊(せいれい)(うそ)()かない。比喩(ひゆ)でも何でもなく。文字通りの意味(いみ)で。()かない、ではなく、()くことが出来ない、というべきか。肉体を持たず、純粋(じゅんすい)霊体(れいたい)である精霊(せいれい)は、肉という(から)存在(そんざい)しない分、不安定(ふあんてい)なのだ。自己(じこ)規定(きてい)するものが、自らの意思(いし)のみである以上(いじょう)、それを(いつわ)ることの代償(だいしょう)は、人間よりも重い。


 何より、今更(いまさら)私が、王国の法など気にする理由(りゆう)もない。だが、危険(きけん)であることは間違(まちが)いない。精霊(せいれい)(うそ)()かない。だが、それは精霊(せいれい)が人を(たばか)らないということを意味(いみ)しない。


 私は警戒(けいかい)して、(まゆ)(ひそ)めた。


「私に何の利点(りてん)がある」


「か弱い貴方(あなた)(まも)ってあげられる」


「……余計(よけい)なお世話(せわ)だ。それに、お前にそれだけの力があるとも思えない」


 少女は(わら)った。私の(つよ)がりを見透(みす)かしているのだろう。実際(じっさい)のところ。この少女の身体(からだ)は大きな問題(もんだい)だ。


 少女は、(まど)方向(ほうこう)(ゆび)さして、(いき)を大きく()った。


■■■■(稲妻)」 


 少女の言葉は力となって(はじ)けた。古き、神の言葉。意味は、稲妻(いなづま)稲妻(いなづま)星々(ほしぼし)(つら)なりに()鋭角(えいかく)で、(かた)く、そして、それは穿(うが)つ力である。


 (ほとばし)稲妻(いなづま)轟音(ごうおん)と共に少女の指先(ゆびさき)より(はな)たれ、(おそ)らくは霊的(れいてき)保護(ほご)されている(はず)硝子(がらす)(ひつぎ)融解(ゆうかい)させながら粉砕(ふんさい)し、その背後(はいご)にある(かべ)ごと諸々(もろもろ)()()ばした。部屋(へや)出来(でき)大穴(おおあな)からは、(たぎ)るように赤熱(せきねつ)し、()け出した硝子樹(がらすじゅ)大地(だいち)(のぞ)いていた。


 私は沈黙(ちんもく)せざるを()なかった。少女が指を此方(こちら)へ向けた(さい)に、私は無様(ぶざま)にもか細い声を上げてしまった。私は(ふる)える手を(かく)すように後ろに(まわ)すと、(かろ)うじて、首を(よこ)()った。私は言葉(ことば)(はっ)する前に、(のど)痙攣(けいれん)が落ち()くまで()たなければならなかった。


「お前が、その力を私に()るわない確証(かくしょう)があるものか」


貴方(あなた)は星の瞳に(まも)られているわ」


 私は星の瞳とやらがどれほどの力を持っているのかと(かんが)えた。神話(しんわ)(つた)わる通りであるのならば、星の巫女(みこ)(あた)えられた第三(だいさん)(ひとみ)はあらゆる欺瞞(ぎまん)見抜(みぬ)き、あらゆる非本質的(ひほんしつてき)(じゅつ)()(やぶ)るという。そして、あらゆる裏切(うらぎ)りと不条理(ふじょうり)不平等(ふびょうどう)退(しりぞ)け、それによって如何(いか)なる(きず)()うこともない──


 だが、神話(しんわ)神話(しんわ)伝説(でんせつ)伝説(でんせつ)だ。鵜呑(うの)みにして、全てを()()けるべきではない。


「それに、貴方(あなた)一人(ひとり)では、森を抜けることはできないでしょう」


 それは、その通りであった。私に(あた)えられた(しるし)が、(まさ)しく、女神の加護(かご)(あかし)であるのならば、私は森を抜ける資格(しかく)()たということになる。(しか)し、少女の姿(すがた)では、森を抜け出すことが困難(こんなん)であることには、変わりないだろう。森に(けもの)が出るかも分からない。そして、(けもの)(ほう)(まも)りが通用(つうよう)するとも思えない。(けもの)が生き物を(くら)らうことに、正誤(せいご)善悪(ぜんあく)、そして、義理(ぎり)不義理(ふぎり)もあるわけがなく、(かり)に女神の(まも)りが事実(じじつ)だとして、適用(てきよう)されることはないだろう。


 硝子(がらす)果実(かじつ)(しょく)すような化物(ばけもの)存在(そんざい)するとは思えなかったが、このような(やかた)があるのだからそれくらい居てもおかしくはないのかもしれない。


 (なに)よりも精霊(せいれい)の力があれば、森を抜けた後、オルニアスで()らしやすくなる。オルニアスは魔術師達の国である。魔力(まりょく)を持たぬ私は()くは(あつか)われないだろうが、精霊(せいれい)契約(けいやく)していればそれも変わるだろう。私は、私自身(じしん)に言い(わけ)をするように、契約(けいやく)利点(りてん)(さが)していた。


「それで。お前は私に何を(もと)めるというのだ」


「ほんの少しだけ。定期的(ていきてき)に血を分けてくれればいいの。私は、貴方(あなた)の血を媒介(ばいかい)(よみがえ)った。だから、貴方(あなた)の血を()ることが、私にとって(もっと)も力を()るのに(てき)しているのよ」


 私は死の間際(まぎわ)、私の流した血が彼女(かのじょ)()れたことを思い出した。


「私の血を()()くすことがないと(ちか)うか」


(ちか)うわ」


「私の(のぞ)まぬことをしないと(ちか)うか」


「それが貴方(あなた)の死に直結(ちょっけつ)しない(かぎ)りは(ちか)うわ」 


 私は(うなづ)いた。精霊(せいれい)は自らの宣言(せんげん)裏切(うらぎ)ることが出来(でき)ない。


「いいだろう」


 精霊契約(せいれいけいやく)方法(ほうほう)は知っている。私は短剣(たんけん)手首(てくび)へと()()て、軽く引いた。(あざ)やかな()(あふ)れ、(たま)を作る。私は短剣(たんけん)を少女へと手渡(てわた)した。


「名は?」


「……。そうね。ユースティ……いえ……ユースでいいわ」


 ユースと名乗(なの)った少女は私と同じように短剣(たんけん)手首(てくび)()てて、躊躇(ためら)いなく()()いた。だが、彼女(かのじょ)(きず)から赤い()(なが)れることはなかった。水のような透明(とうめい)液体(えきたい)(あふ)()し、日の光で(きら)めいた。(れい)の水だ。その身を第五元素(だいごげんそ)構成(こうせい)する精霊(せいれい)(たぐい)は、赤き()ではなく、その身に(けが)れなき水を流す。


 私は彼女(かのじょ)手首(てくび)()れ、傷跡(きずあと)(かさ)ね、(たが)いの()()()わせた。()(たましい)媒介(ばいかい)であり、存在(そんざい)本質(ほんしつ)(つた)えるものである。精霊契約(せいれいけいやく)本質(ほんしつ)(ちぎ)り。()()()わせることにより、(たが)いの存在(そんざい)(しば)()うのだ。


 そして何より、彼女(かのじょ)のような精霊(せいれい)にとって()(たし)かに上質(じょうしつ)食事(しょくじ)となるだろう。


 私はユースの血が(彼女(かのじょ)の流した霊的(れいてき)な水が)身体(からだ)の中に侵入(しんにゅう)してくるのを(かん)じた。身体(からだ)(ねつ)()びて、(むね)()()けられる。下腹部(かふくぶ)(みょう)違和感(いわかん)(おぼ)えて、私は困惑(こんわく)した。葡萄酒(ぶどうしゅ)()()ぎた時のような酩酊感(めいていかん)が私を支配(しはい)しようとしている。(あし)(ふる)えて、立っていられない。(あふ)れ出した粘性(ねんせい)(みつ)太腿(ふともも)()れて()れていた。


 ()えきれずに自身(じしん)()くようにしゃがみ()んだ私を、ユースが愉悦(ゆえつ)()みを()かべて、見下(みお)ろしていた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ