求婚
フローラたちがご飯を買って来てくれたので、ありがたく部屋で食べながら、私は言った。
「帰ったらギデオンと結婚して一緒に暮らそうと思うの」
ふふ。子供たちにこんな報告することになるなんて!照れちゃうわよね。
言ってから顔を赤くしていると、部屋が無言に包まれた。
不思議に思って顔を上げると、三人とも表情を失くした顔をしていて……例えるなら「無」の顔だ。
「……ギデオン?」
「……どういうこと?」
二人の視線の圧がギデオンに向けられると、ギデオンはそっと顔を背けて小さな声で言った。
「俺にも分からん……がそういうことになった」
「分からんじゃないですよ……」
「おねえちゃんの軽口に便乗したんじゃないの?」
「結婚ですよ。家と家との結びつきですよ。ギデオンはともかくアンジェリカさんには簡単なことじゃないですよ」
「おねえちゃんは結婚の意味分かってるの?確認した?」
「……すまん……」
二人にどんどんと責められてギデオンの声はもっと小さくなっていく。
「ごめんなさいね。私も、今は平民だった時の記憶が多くて、書類一枚で済むかしら?くらいに思ってたわ……」
しょんぼりしていると、フローラが私の両肩を握り締めて言った。
「おねえちゃん!」
「はい」
「結婚は、好きな人とするんです。世界で一番好きな人です」
「……ギデオンが一番好きよ」
「こほんっ。じゃあ、子供作るようなことするんだよ。大丈夫?」
「……だ、大丈夫。ギデオンと……なら……他の人は嫌よ」
本当に大丈夫かというと、大丈夫とも言えないのだけど。心臓が爆発してしまう。
異性とするいろんなことが私には想像も出来ない。顔が熱い。考えるだけで恥ずかしい。
というか、私を見つめている皆も顔を赤くしている。とくにギデオンが。
「少しだけ、ね、普通の人間だった時の心が戻って来たのかな。今の私はその時に近いと思うの。人を好きになる気持ちが少しは分かると思うの」
「本当に?」
「ええ、好きな人と一緒に生きたいの」
「死ぬまでずっとだよ」
「ええ、それが嬉しいわ」
フローラは泣きそうな顔をしてから、私を両腕で思いきり抱きしめた。
「おめでとうおねえちゃん!」
「フローラ」
「良かった、良かったね、おねえちゃん!」
「ありがとう……」
「良かったぁ、うわーーん、わーーん」
次第に号泣し出してしまった。ヨシヨシと頭を撫でてあげていると、苦笑したレイルが私の隣に腰を下ろして言った。
「おめでとうございます。祝福します。ご結婚に至るまで、僕らが力になります。良かったですね。アンジェリカさん」
「レイルもありがとう……あなたたちが居なかったらここに来れなかったわ」
「僕らもですよ。アンジェリカさんが居なかったら、ここに来ていないですし、リリーさんに会えなければ生きていたかも分かりません。僕らの幸福にずっと寄り添ってくれたのはあなたなんです。だから僕らは、あなたが幸福でいることが、何より嬉しいんです」
レイルの言葉が胸に染みわたっていく。私の中のリリーが嬉しくて泣きそうになっている。
あの小さな子供が大きくなって、こんな風に大きく包み込んでくれるような台詞を言うようになってしまった。
ねぇ、リリー。あなたは人の心が分からなかったのに、あなたの育てた子は、誰よりも人の心に寄り添うような立派な人に育ったのよ。
涙目になっている私の頭を、レイルが撫でた。
大きな手だ。大人の男性のもの。レイルが私の頭を撫でたのは初めてだ。
「あなたは母だったのに、今は可愛い妹みたいです。大切な大事な妹のように、僕らの全力で幸せになれるように、嫁に出しますよ」
「ありがとうレイル……」
瞳から涙が溢れる。
すると困ったような顔をしたレイルが視線をギデオンに向けてから立ち上がった。
ギデオンが私の隣に座ると、フローラも体を放してレイルに連れて行かれる。
ギデオンは私の片手を持ち上げると、そっと優しく包み込んで、私をまっすぐに見つめた。
「リリーは俺の太陽だった。記憶の中のライラは、咲き誇る花だった。アンジェリカは、俺の全てだ。アンジェリカが笑って居られるように、俺に出来ることはすべてする。どうか俺と生涯を共に過ごして欲しい。結婚してくれ、アンジェリカ」
これは正式な求婚の言葉だ。
こんなセリフを貰えるとも思ってなくて、私は泣き笑いしてしまう。
「もちろんよ。あなたも私の全てよ」
彼の瞳をまっすぐに見つめて言えば、強い力で抱きしめられる。
レイルとフローラが笑顔で見守ってくれている。
ライラの時にも、リリーの時にも、こんな未来がやってくると思ってなかった。
私はやっと初めて。ずっと心の奥底で一番望んでいた人生を、歩き始めるのだ。




