【ライラ】
「俺と付き合わないか」
腕を掴まれ、突然そんなことを言われる。
は?と振り仰げば、金髪碧眼の色男が私を見下ろしている。
腹が立つほど顔立ちの整っているこの男は、旅の間、女から誘われたら断ったことなど一度もなかった。
もう寝るところだったのに。
やっと魔の山のふもとの街まで着いたのだ。今日こそは宿でゆっくりと体を休められる。休息を取ったあとは、魔王の住む山を登るのだ。なのにこんな夜にも、この男は女を求めているのか。ああ、こんな夜だからなのか。もう訳が分からない。
腕を引き抜き、怒りをぶつけるように言った。
「私は一人で眠らないと疲れが取れないの!」
「何を言ってる」
「夜のお誘いなら、他の人を誘ってって言ってるの」
「……」
私には男の体のことはよく分からない。戦士たちは昂る体を慰めないといけない時があると言う。そのことを否定するわけじゃない。けれどその対象を自分に向けられても困るし、誘ったらホイホイ乗るのだと思われているのは腹が立つ。
「夜の誘いではない……」
「……え?」
アランはさっきなんて言ってた?確か、俺と付き合わないか、だ。ということは?
「あ、買い物でもあったの?付き合うわよ?」
「……買い物ではない」
いや、じゃあなんだよ。視線を伏せて言い淀んでるアランは、日頃の自信満々な態度とはまるで違う。
「ねぇ、はっきり言って。もう眠いんだけど……」
「ライラが好きだ」
「……」
「俺と付き合って欲しい」
彼はまじめな顔つきで、まっすぐに私を見つめて言った。探るように揺れる瞳が私を映す。
まるで、告白でもされているようだった。
「……寝ぼけてるの?」
「ライラ」
「ねぇ、前の街で一緒だった女の人は?戻って来てって言われてたでしょう?」
「ライラ」
「それともその前の街まで戻るの?」
「……ライラ」
彼は切なく響く声で、何度も私の名前を呼んだ。どうしてそんな風に呼ぶのだろう。
私には本当に分からない。
だって私は、初めて会った時から、彼に恋に落ちていたのだ。
魔法使いの弟子として修業していた私のところに、アランが旅の仲間を求めてやってきた。
見たこともない王子様のような男の人だった。金色の綺麗な髪、整った上品な顔立ち、それだけじゃなくとても世慣れていて、どんな会話でも世間知らずの私を楽しませてくれた。
旅仲間たちが心配してくれるほどに、誰にだって分かるくらい、私はアランに恋をしていた。
アランだって気が付いていた。朝から晩までアランに向けて幸せいっぱいの笑みを浮かべる私を、アランは可愛がってくれていた。私は自分がアランに釣り合うとも思っていなかった。所詮、少女のただの初恋なのだ。だから旅の間だけでも恋心を抱ければ、それだけでいいと思っていたけれど……。
いくつか前の街のあたりから、アランの態度が変わってしまった。
私の行き過ぎた態度が彼を怒らせたのだと思う。挨拶も無視されたり、女の人と出歩くようになったり、私を傷つけることを言うようになった。「お前には分からない」「放っておいてくれ」「邪魔だ」と。そうして私は、最初は我慢してくれていただけだったのだ、と気が付いた。
だからこれも、きっとその一環なのだ。
「ねぇ、ごめんなさい。私が悪かったのよね?」
胸が痛くて、泣きそうになりながら言った。
「どうしてそんな傷付けるようなことを言うの?」
駄目だ、ポロリ、と涙がこぼれ落ちてしまった。
彼はもうずっとわざと私を傷付けようとする。
本当に私が好きだったのなら、他の人といるところを見せつける必要なんてない。こんなに簡単に嘘だと分かる台詞はない。
でもそれはきっと私が最初に彼を傷付けたからなんだろう。初恋に浮かれて、私は彼の気持ちなんてちっとも考えていなかったのだから。
「ラ……」
「アランのバーーーカ!!」
私は走って自分の部屋の扉に駆け込むと、しゃがみこんで泣きじゃくった。
もうすぐ旅が終わる。
彼の近くにいたら、いつまで経っても恋が終わらない。
旅が終われば、本当にこの初恋とさよならが出来るのだと。
なのに、どうして。
旅は終わらなかった。
最後に見たのは、絶望に泣き叫んでいるようなアランの顔だった。
私を抱きしめて、泣いている。
いつも余裕ぶっている彼の、その悲痛なまでの泣き顔を私は想像したこともなかった。
その顔を見て、私は少しだけ。
――彼が言っていたのは本当のことだったのかしら。
ほんの少しだけだけど。そう思ってしまったのだ。




