魔王討伐3
フローラが魔王を見据えながら、杖を振りかざし呪文を唱えている。
結界を解除するのだ。
彼女の魔法で、魔王の回りに張られていた結界は容易く空気に溶けるように消えていく。
(フローラも強くなったのね……)
リリーとして最初に出逢ったとき、まだ生まれてからほんの数年の小さな子供だった。今だって私の前では子供みたいに過ごしてくれているのに。
今は私よりもずっと年上なのだ。魔王の呪いさえも解いてしまったフローラにとっては、結界を解くくらい簡単なことなんだろう。
きっと、彼女はリリーよりもずっといい魔法使いになる。
「目を開けない……?」
前方で警戒している殿下の呟きに、レイルが後方から叫ぶ。
「……来ます!耐えて!」
瞬間、目覚めた魔王が黒光りする瞳で私たちを見据えながら咆哮をあげた。
その巨体がうごめくだけで、押しつぶされるような圧を感じる。
レイルたちの耐闇属性の防御魔法に包まれた私たちは、それでも体を震わす膨大な魔力の波動を感じ取っている。
そんな中、私はレイルをじっと見つめた。
(レイルも強くなった……)
彼はその賢い頭脳と、世界を感じとる力を使って、いずれ賢者の里に戻り、賢者も人も導いていくそんな存在になっていくんだろう。
リリーにだって賢者の才の一片くらいはあったのかもしれないけれど……でも彼ほどの才能はどう考えても持ちえない。レイルはきっといつか、歴史に残るような人になるんだろうな。
(私なんかではもう叶わない……)
なんだかとても寂しい。
置いていかれているような気持ちだ。
リリーは自分の全てを注ぎ込んで育てようとしてた。でも途中で命が尽きてしまって……あの子たちは私の手の届かないところで、1人で立派に成長していたのだ。
子供たちはみんな私を慕ってくれるし、私をなにかとても強い存在に思ってくれているみたいだけれど、そんなことはちっともなくて……。この子たちの才能の方がリリーよりもずっと上なのだ。
ギデオンたちは、魔王の注意を引き付けるため敢えて前線に乗り出していく。
魔王の通常の鱗に対して剣では届かず大したダメージを与えられないけれど、その間に、後方から攻撃魔法を繰り出す。動けなくなっている間に前線部隊が切り付けていく。
ギデオンの動きは洗練されていて、少しの無駄もなく、その強さはきっともう普通の人を越えてしまっている。
それにはきっと、アランの記憶を持っていることも大きいのだと思う。ギデオン一人では、竜王に対してこれほど立ち回れないだろう。
呪いに縛られた私たちは過去の人生も背負って生まれて来てしまった。
私のように肉体を衰えさせるだけのものも居れば、少ない呪いの影響で、抱え持った記憶により強化しただけのものも居たのだ。
(呪いにより人間たちの力を奪われたのなら、魔王の強さにはとても敵わないはずなのに……人間も強くなっているなんて、皮肉なことなんだわ)
そうしてそれは私に勝利を確信させる。
魔王から感じる波動は、今まで対峙したどの時よりも強い。だけど負けることはない。私たちだっていままでのどの時よりも……強いのだから。
私がその討伐の間にやっていたことは少しだけ。
全体の動きを見渡して、防御が綻びそうなところを補強し、ヘレナに危害が及ばないように注意することで呪いを絶対に防ぐことと、そうして前線の剣士たちが致命傷を負わないように小さな魔法で手助けすること。
一度だけギデオンに睨まれた。私のいる場所を正確に把握しててちょっと呆れた。よく戦闘中に、私のいる場所を睨んで来れるものだ。
彼は魔法で介入することに怒ってる。だけどそれくらいさせてもらえないと、本当に何のために来たのか分からないじゃない……。
普通の竜族とまるで強さが違うけれど、それでも攻撃の基本パターンは魔王でも変わらない。
長い時間をかけて徐々に魔王の体力を削って行く。
魔王は何度もヘレナを襲う。聖なる力を持ち、魔王の持つ膨大な闇魔法の波動を相殺するという彼女の存在が、これほどまでに魔王を刺激するのか、と不思議だった。魔王にとって本当に脅威なのだろう。ライラのときもリリーのときも聖女がいなかったから、狙われたのはいつだって自分だったのに。
(最初から……王族が勇者として聖女を伴って討伐に来ていたら……冒険者たちの多くが死ぬこともなく倒せていたんじゃないかしら)
死んで行った仲間たちのことを思うとやるせない。
そう考えると、エドウィン殿下を見る目が変わってくる。何代ぶりなのか、本物の勇者として聖女を伴って魔王討伐に来たのだ。
(何を考えているのかずっと分からない人だったけど……殿下はきっといつかこの日が来ることを分かって生きていたのよね)
立派な志だわ。今代の陛下は討伐に出ていないし、先代もそうなのだ。彼だって来る必要に迫られていたわけじゃないだろう。
もしも知ってたら、私は殿下をパートナーに選んだのかしら。
そう考えて首を振る。
何も知らなかった頃のアンジェリカだって、最初からギデオンがいいと選んでいた。
知った今でも、ギデオンが良いと思う。
(まるで恋みたいね)
愛も恋も分からないのに。彼がいいと選んでしまう。他の人では嫌なのだ。
彼の腕の中でだけ安心して、それは他の人との触れ合いでは感じられないのだ。
考え事をしていて少しぼんやりしていた。だから油断していて、魔王の爪先が私に向けられていることに気が付かなかった。
「アンジェリカ!!」
ギデオンの声に顔を上げ、自分の目前に迫る死の刃を認識すると、私は転移魔法を発動させる。
「……あぶなっ」
「集中しろ!馬鹿か!!」
ギドオンが倒れそうな私の肩を掴んでいる。
無意識にギデオンのところに飛んで来ていた。私が世界で一番信用している、私を守ってくれることを知っている人の場所に。焦るように必死な顔のギデオンが私を見下ろしている。
「私あなたに抱かれるのが安心するのよ」
「……だからなんで、今言うんだ!」
呆れるようなギデオンの声。だけど私たちの会話はここまで。
魔王の最後の咆哮が鳴り響く。
防御魔法と聖女の結界に守られていても、ビリビリとした波動を感じる。
おそらく、これは呪いが発動するタイミングだったのだ。
魔王は死ぬのだろう、そう思って見守っていたら……その漆黒の大きな瞳は私を見据えた。
――『お前を喰えば人間は終わる』
(え?)
――『我と一つになり、魔王の統べる世界を作るのだ』
(……はい?)
――『お前はもう人ではないだろう。人間の中で生きるよりも、魔力の世界に溶け込んだ方が楽に生きられるだろう。我と共に来い女よ』
(……)
人ではないものの思考が流れ込んできた。
これはきっと私をまっすぐに見据える魔王のもの。レイルとフローラが私を呼ぶ。他の人たちはなにも気が付いていないように見える。
もしかして呪いの影響を受けた人にだけ聞こえている?
「え?私の体って、魔王から見てもそんなに弱いの……!?」
それってよっぽどじゃ……?
両手を口に宛ててショックを受けていると、ギデオンが叫んだ。
「アンジェリカ!」
咆哮を上げるのかと思われた魔王の大きな口が私を飲み込む。
けれどその時ギデオンが私を抱えて剣を構えたので、私は彼に任せることにした。
一瞬視界が黒くなって、そうして、世界が切り開かれるように明るくなる。
ギデオンの剣が魔王の口の中から切り裂いたのだ。
ギデオンは私を抱えたまま倒れていく竜の傍らで、地面に着地する。
地面に倒れ込んだ魔王の巨体により、強い衝撃が辺りに広がる。
魔王の上にしがみつく殿下の剣の先には、魔王の逆鱗が刺さっていた。
――彼が、魔王を倒したのだ。
(そう、そうなのね……)
無事に、今代勇者が聖女と共に、全員無事なまま魔王を倒してくれた。
(ギデオンはこれを望んでいたのね)
私はてっきりギデオンが倒すつもりなのかと思っていた。俺が倒すと言っていたし。
だけどずっと殿下を鍛えていたギデオンは自分で倒すつもりなんて少しもなかったのだ。
不思議な気持ちでギデオンを見上げると、ギデオンは少し気まずそうな表情をしてから小さな声で言った。
「邪魔な称号などいらない」
「ふっ……ふふ。ふふふ」
「……なぜ笑う」
「アランとは違うのね」
不思議なのだけど。なぜだか私は今この瞬間、アランが過去になったのを感じた。
ひねくれていて、プライドが高くて、魔王を倒すことで世の中を見返したいと思っていた、アラン。
だけど今のギデオンはそんなことを望んでいないし、そんなことを考えていない人だって、私はもう十分知っている。
「消えていくぞ……」
「魔王が……」
魔王の体が黒い粒子のように広がって、空気に溶けるように消えていく。
結界も、防御魔法ももう解除されている。けれど、もうなんの魔力の圧も感じない。
今度こそ今代魔王が消滅してく――。
「ギデオン」
私は私を守ってくれる人の名を呼ぶ。そうして両腕を広げて彼を待つ。
「お願い」
「アンジェリカ!?」
力が抜けていく。
もう立って居られない。体力が急激に奪われていく。
魔法の使い過ぎでも、体を酷使したからでもない。魔王の肉体の消滅とともに、私の体にも変化が現れたのだ。
(死ぬのかしら……)
ギデオンが必死な顔で私に何か叫んでいる。
意識が失われる。
ああ、私はまた、この人の前で死んでしまうの?




