魔王討伐2
私の世界はとても閉じてはいるけれど、それをほんのり温かくしたり、冷えさせたりするのは、いつもギデオンだ。私の心にさざ波を起こさせるそれは、私にとってなにより大事なものに思える。
魔王を倒すとか、弱い体を持っているとか、そんないろんなことよりも、この世界で一番大切なものなのだ。
感じる心が、私には残されている。
それは私が私でいることを教えてくれる。
生きていること、不完全でも人間であること、一人では生きられないこと、誰かを求めること。
伝えたい気持ちが抑えられなくて、私を背負い直して歩き出したギデオンの耳に顔を近づけると、私は小さな声で言った。
「ねぇギデオン、私あなたと一緒に居たいわ」
響く音に反応するように、ギデオンの体がビクリと揺れた。
「世話をして欲しいとか助けて欲しいとかじゃないの。あなたと一緒にいる私が、一番私らしい気がするのよ。私には私のこともよく分からないけれど……あなたの目に映る私を、ずっと感じていたいと思うの。それは私にとって一番嬉しいことなの。駄目かしら?」
討伐に集中してる皆の邪魔をしちゃいけないと思って、私は彼の耳にささやくように声を落とす。
彼の耳がどんどん赤くなる。だからお前は……とか、いつも急だ……とか、小さく呟くのを聞いた。
「……それは今後の話か?」
「うん」
「一緒にいるから安心しろ」
「短い間じゃないのよ?ずっとよ」
「……」
「私はあなたの人生を邪魔するのよ」
私の言葉に、初めてギデオンは首を横に回し、視線を後ろに向けた。よいしょと乗り出して至近距離で目を合わせる。
「お前はそのままでいい。ずっと一生でも、俺の側にいてくれ。それは、俺にとっても一番に嬉しいことだ」
「……いいの?」
「当たり前だ」
ギデオンは顔を前に向けてまた歩き出す。彼の体は赤くなったままだ。
私の言ったことはちゃんと通じているんだろうか。
ギデオンの当り前が私には分からない。
分からないのに、ギデオンはいつも私を受け入れてくれる。
それは養い子だからじゃない。レイルやフローラとはまるで違うものを私に与えてくれる。
アランの記憶を持っているからでもない。ギデオンとして出逢ったその全てが、私に彼を信じさせてくれた。
『壊れてしまっているのか』
アランの記憶が戻って来て意識が混濁していたころ、ギデオンは言った。
私は確かに、人として壊れているのだ。ギデオンもそれをちゃんと分かってる。
なのに、そのままでいいと言い、そうしておそらく本当にそう思ってる。
ライラの記憶を持っている私には分かる。
人が人を好きになったときに求めるものが返されないのはとても辛いことだ。今の私にはそれをギデオンに返せない。きっと、いつか彼を苦しめることになると思う。
なのにそんな全部を受け入れてしまう彼が、今文字通り私を背負ってる。
私は心が苦しくなる。心の中には切ないような悲しいような、芽生えそうな何かがあるのに。
それは決して芽生えることがないのだ。
一緒に過ごすのは楽しいだけじゃない。彼が苦しんだら私も辛い。それでも、彼のそばで生きたいと思う。彼が許してくれるなら、それが1番いいとさえ思う。
私の強欲な願いを、ギデオンは受け入れてくれる。
私は愛というものが分からないけれど、ギデオンから向けられているこの想いに、他に名前なんて付けることが出来ない。これが愛と言われるものでないなら、他のどんなものが愛と呼ばれるのだろう。
多分私はきっと、私には分からないそれを、彼から知りたいと切望しているのだ。
知りたくて、感じたくて、本当は返したいのだ。
泣き顔ばかりを最後に見せていた、あの彼に。心から幸せそうに笑って欲しいのだ。
重い重力を感じるような、空気の重さを誰もが感じていた。
「これが魔王の波動なのか……?」
殿下の呟きにみんなが息を呑んでいた。
魔の山の頂近く、巨大な黒い岩窟を前にして、ギデオンは私をそっと地面に降ろした。
ギデオンは表情を窺うように私を見下ろしている。
言いたいことだけ言って黙り込んでしまった私を気にしているようだ。戸惑っているようにも見える。いつもなら何でも言ってくれるのに、何も言葉にせずに、ただ私を見つめている。
私の全てを感じてくれようとする、このギデオンの瞳が私は好きだ。彼が、私にも分からない私を理解しようとしてくれているのを知ってる。
だから私は満面の笑みを浮かべるのだ。
「早く倒して一緒に帰りましょう」
「……ああ」
レイルとフローラが何か言い合っている。「二人の世界……」「いや、良いんですけど、場所がね……」
そういえば、魔王のもう近くなのよね。
私は一歩前に出ると、殿下達に向かって言った。
「聖女の結界を張れば、体が軽くなるわ」
「結界?」
「高濃度な魔力の波動に耐性がないと、恐怖で肉体が震えるのでしょう。結界で防げるわ」
「そうか。ヘレナ頼む」
聖女ヘレナの結界が発動すると、柔らかい光の膜で覆われるように、体が軽くなる。
私やギデオンやレイルやフローラは、魔王に対峙したことがあり、恐怖などはもう感じなかったはずだけれど、空気の重さは感じ取っていた。
ほっとしたように討伐隊の体の緊張が解れたのを感じた。
呪い対策にずっと結界を張り続けるのだから、戦闘中は大丈夫だろう。
「アンジェリカ、体は大丈夫か?」
「大丈夫よ。戦闘後は動けなくなるかもだけど」
「心配するな。俺が連れて帰る」
「うん……」
この人がいれば、私は何も心配いらないのだろう。
そんな気持ちを受け入れてしまえば、不思議なほど絶対的な安心を感じる。
朝までと全然違う、ニコニコとしている私にギデオンが言った。
「……心境の変化でもあったのか?話してる時間もないな。帰ったら話してくれ」
「ええ、早く帰りましょうね。一緒に」
「……」
ギデオンは何も納得していないようだったけれど、ぽんっと私の頭に彼の手を乗せてから、私をレイルに引き渡した。そうして彼は討伐隊の先頭に立つと、私たちは岩窟を進みだした。
細い道を魔法の光に照らされながら、少しずつ歩き進み、長く進んだ先に、開けた場所に出る。
まるで夜空みたいな空間が広がっていた。
艶やかな黒い宝石のような岩壁が魔法の光に照らされ輝いている。それがまるで星のように見えた。
そうしてその中央には、巨大な宝石にも見える、黒い鱗に覆われた竜王が眠っていた。ピクリとも動かない。大きな翼はたたまれたまま、その体は横たわり、瞼は閉じられたままだ。
「眠っている……?」
殿下の小さな呟きに、ギデオンが答える。
「魔王討伐隊は、魔王復活、もしくは魔王になる前に出立するのです。可能ならば、起こさず止めを刺すことが出来ればいいのですが……魔王の周りには結界が張られているので、壊されたら目を覚ますでしょう」
リリーの時には起こさず倒すことなんて出来なかった。ライラの時にはとっくに復活していた。今までにそんなに簡単に倒せたときはあったのだろうか。
ギデオンが私を探すように振り返り、ちらりと私に視線を送ってきたので、私はにっこり笑顔を返す。
いつでもいいわよ!と。
ギデオンが苦笑する。
「結界を、そして防御と、広域魔法を」
「はい」
「準備が整い次第、魔王の結界を壊す」
「はい!」




