魔王討伐1
私はずっと、皆の気持ちが良く分からない。
それは言われ続けていたし、自分でも分かっていた。
リリーとして生まれて孤児院で疎まれ続けた。旅に出てからもいつも私の言動に知り合う人たちからは奇妙な顔をされ続けた。
アンジェリカになってもそう。家族には会話が通じないと言われ、元婚約者には分かり合えないと思われていて、かつての養い子たちは……私が変わっているのを分かっている上で受け入れてくれているけれど、ある意味では人と違うことを誰よりも理解している存在にも思う。
短い間だけど、ギデオンに避けられていたときに、私は気が付いてしまった。
『寂しい』
私の世界はとても閉じている。
誰かの想いは私の中に届かないし、私の想いは誰にも分かってもらえない。
私だけのこの奇妙で絶望的な『孤独』に理解者などいるはずもない。
私は生涯一人なのだ。この広い世界で、人とも魔物とも、何とも繋がり合うことは出来ない。
それに気付いたところで、この気持ちを埋めることは出来ない。
――『おねえちゃんにも楽しいものが見つかると思うよ』
フローラは言っていた。
この先のことを考えているうちに、私は少しずつ、感じていたことに気が付いてしまった。
生きる喜びが魔王を倒すことにしか感じられなかったから、執着していたのだ。
だけど本当は……。もっと普通に、みんなと同じものを感じて、笑い合いたい。みんなと一緒に楽しいものを分かち合いたい。
私が分からないことで、悲しそうな顔も苦しそうな顔もさせたくない。
愛していると言う人に応えたい。
私には絶望的に分からないそれらを、私は心から……渇望している。おそらく死ぬまで、生涯手に入れることも出来ないものを。
「どうして元気がないんだ」
魔王討伐に出発するその朝、私を横抱きに抱き上げたギデオンは不思議そうに言った。
レイルもフローラもこちらを振り向いた。気遣うようなその表情から、同じことを思っていたんだろうと感じる。
「念願の魔王討伐じゃないのか?」
私の方こそ驚いた。なんで気が付くのだろう?
「どうして分かるの?」
「お前は……感情に素直だろう。表情にすぐに出る」
「……」
そうなのかしら。私はみんながこんな気持ちになっていても気が付けないけれど……。
「何を懸念している?」
私をまっすぐに見つめてギデオンが言う。
「魔王は倒せる、俺がいる。不安に思うことはない」
アイスブルーの瞳が綺麗だな、と思う。彼の瞳に映る私はいつもどのように見えているのだろう。
彼の首に両腕を回してぎゅっと縋りつく。ギデオンが息を呑んだ。
「……泣いているわけじゃないよな?」
小さな子供をあやすように、彼は私の頭を撫でる。
「何かを思い出したのか?」
ギデオンの言葉に何も答えられなくて、私はしばらくそのまま撫でられ続けた。
街の出口で、魔王討伐隊と合流した。ギデオンに抱き上げられている私をジロジロと殿下たちが見ていた。ギデオンはもう何も聞かなかった。だけど彼の視線も、その両腕も、私を優しく労わってくれていた。
トロッコを使い頂上を目指していく。道中増えていた竜は討伐隊が倒してしまっていたので、出会うことはなかった。中腹まで来ると、トロッコがおわった。これ以上は危険なので、通常は立ち入らない場所だ。
私たちは足と手を使い岩場を登っていく。
ギデオンは私を背中に背負い直し、岩場を進んだ。
頂上を見上げる。岩山がそびえたっている。まだ黒く染まっていない。魔王は復活していないのだ。
だからこそ、魔王討伐隊は今来たのだろう。
本当の脅威になる前に倒してしまうのだ。そうやって人は魔王を倒し、魔王や魔物のいる世界で生きて来たのだ。
「大丈夫かアンジェリカ」
「うん……」
焼けるような暑さの中、私もギデオンも汗だくだ。この気温の高さだけで、体力を消耗していく。
まともに動かない体と、人の心も分からない自分。私は生きてる意味あるのかしら。そんなことを考えて、ふぅとため息を吐く。
「……なぁ、アンジェリカ」
「なぁに」
「俺がお前を連れて来たのは、魔王討伐に行きたいと知っていたからだ」
「……」
「そうじゃなかったら、何が何でも置いて来た。だが俺が間違っていたというのなら、今からでも引き返す。アンジェリカどうする?」
どうするって今から戻るつもり!?
「行きたいわよ!間違ってないわよ!」
「そうか……」
「ただ私がいる意味がないと思ったの。お荷物だし、いなくても勝てるし」
「……」
ギデオンは少し考えているようだった。
「荷物だと思ったことはない」
「今がまさに荷物だと思うけど……」
「俺にとってはお前くらい軽い。物理的にも精神的にもだ。けれど精神的な意味では……いなくては勝てないだろうな」
「……え?」
「戦う理由がお前にしかないからな」
「……」
「最初からずっとそうだ。いやいや出立した魔王討伐の旅で……本当に心から倒したいと思ったのも、守りたいと思ったのも好きな女の為だった。今だってなにも変わらない」
「アランはそんなんじゃないわよ」
「……認めないな」
ギデオンが軽く笑う。
「なぁ、俺は全部が楽しいよ。アランを認めないお前との会話も、ライラともリリーとも違うアンジェリカを見ているのも。生きて同じ時間を過ごせている全部が。こうして魔王討伐に来れていることも。お前はそうじゃないのか?」
本当に楽しそうにそう語るギデオンの言葉に嘘は感じなかった。
「あのね……」
「なんだ」
「私の楽しいはきっとみんなと違うの。同じ楽しさを分かちあえてないのよ。私一人だけの楽しいなの。それはちっとも楽しいものじゃないって気が付いたの」
ギデオンが黙り込んでしまった。
そうこうしているうちに広い岩場に辿り着くと、私たちは休憩を取ることになった。
ギデオンは私を岩の上に座らせると、水筒の水を飲ませた。そうして水を飲んでいる私を真面目な顔でじっと見つめていた。
飲み終わった私の水筒を受け取るときに、私の手をギデオンは握りしめて言った。
「アンジェリカが楽しそうにしていると、俺はそれだけで楽しくなる。それは分かち合っていると言えると思う」
生真面目なその表情から、真剣さが伝わってくる。
「……そうかしら」
「忘れるな。俺が好きなのは、何度も魂をすり減らした今のアンジェリカだ。ぽんこつな情緒と、人を振り回す行動をする、何をしでかすか分からない子供みたいなやつだ。普通を求めているわけじゃない」
ぽんこつ……。
「今のままでいい。楽しいことをして生きろ。嬉しいことに笑え。少なくとも、リリーもアンジェリカも知ってる俺たちは、そんなありのままのお前と過ごす事が他の何よりも楽しいのだから」
どうしてそんな風に思ってくれるのかは分からないけれど……。
養い子たちは、私と旅をして暮らしてもいいと思ってくれていることを知ってる。リリーじゃなくて、今のアンジェリカでもだ。
それに……今のままでいいと言うのも……今のギデオンが一番好きだと、その意味でなら私も分かると思う。
こんなことを真剣に伝えてくれる彼が、私はとても好きだ。
「あのぉ……皆さん見てますよ」
レイルがおろおろとするように言った。気が付くと、休憩中の騎士団の方々がみんなこちらを見ていた。殿下ですら何やら睨むようにこちらを見ている。聖女ヘレナは顔を真っ赤にしている。
「あ……ごめんなさい」
おしゃべりをしている場合じゃないのだろう。私の言葉にさっとみんなが視線を逸らした。ギデオンが小さくため息を吐いた。




