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婚約破棄されたらS級冒険者だった前世を思い出したので魔王を倒して来ようと思います。なぜか養い子だった氷の騎士が睨んでくるけど。  作者: 水流花


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【エドウィン/レイル/フローラ】

【エドウィン】


 王位継承権第一位の第一王子ではあるけれど、自分ですら、すげ替えが利くように兄弟たちは育てられている。そんなことをしていては国が荒れる時代もあるのだが、魔王を倒さねば国どころか世界が亡ぶ。

 端的に言うと、王になるものは、魔王を討伐し、支持を得た上で君臨すればいい。それが、かつて魔王を倒した勇者の末裔としての使命であった。


 幸いなことに、兄弟で一番力強かった。幼少期から魔王討伐に備え鍛えられていく。

 過去には魔王討伐に王族が参加しないこともあった。しかしそれでは、求心力が衰える。我が父のことなのだが。荒れた政治と、それによる王妃との関係の悪化や、横行する不敬な陰口などを見て育った俺は、参加しない選択肢を幼いときから除外した。


 そんなある日、婚約者を紹介された。

 濡れたように潤む瞳、長いまつげ、艶やかな美しい黒髪、とんでもなく美しい少女で……その中身は残念なほどに知性は感じなかった。けれど嫌いではない。笑顔で隠しているが、本能的で分かりやすく、欲望に忠実なようでいて単純で、それはむしろ好ましいとも思う。何をしでかすのだろうかと、ずっと見ていても飽きない。

 俺の背負っている責任や使命など一生知ることもなさそうだが、逆に煩わしいことに悩まされることもなく隣に居られた。


(さて、どうしようか)


 こんなことを誰に伝えても信じないだろうけれど……。

 勇者の末裔としての俺の本能が感じていた。きっとそう遠くない未来に、魔王は復活する。魔王が現れるのならば、きっと聖女も現れるのだろう。

 

 いつか聖女が現れたときに、婚約者もすげ変えられるのだろう。


(この子の未来の道を、俺以外にも用意して置ければいいのだが)


 そう思いながら、婚約者に深い情を抱かないように過ごして来た年月で、俺たちは犬猿の仲であり、悪友のようにもなっていたと思う。


「ギデオンは無理だろう……威嚇する猫……いや豹のように毛並みを逆立ててお前を見てるよ」


 婚約者はもう長い間人目に付かないようにしながらも一人の男にちょっかいを出している。聖女が現れ、教会で教育中であり、俺たちの婚約はまもなく解消される。ならば何か力を貸してあげたいと思うが、想い人があの堅物では婚約者とは合わない。


「あの人がいいのです。殿下は勝手に聖女様といちゃいちゃしていてください」

「いちゃいちゃって……まだよく知らない相手だよ」

「エド様、私はここを出たいのです」

「は?」

「この窮屈な世界は、私には向いていないのです」


 確かに婚約者は、幼い頃は楽しそうにキラキラと輝いた瞳をしていたのに、成長するにつれ瞳は曇り、笑顔を見せることすら減っていた。


「領地に帰れないのか?」

「そういうことではないのです……この後、別の方と婚約し、私はすぐに嫁ぐことになるでしょう」


 気持ちは分かるが、他に生き方などない。俺ですらそうなのだ。


「ほんの短い間でもいいから、自由が欲しいのです」


 彼女の言ったその台詞は、まるで自分の心の声を言葉にしたものみたいだな、と思う。自由などと言うものが、生まれてこの方あっただろうか。






【レイル】


 気が付いたらそこは牢屋のような場所で、僕は記憶を無くしていた。

 ここがどこなのかも、なぜ閉じ込められているのかも分からなかった。同じ部屋の中で、小さな子供たちが十人ほど泣いていた。

 一人、キラリと光る銀髪の、印象的な男の子が居た。他の子供たちと容姿が違う。一人だけ天使様みたいに綺麗なのだ。


「ここはどこ?」


 その子に声を掛けると「誘拐犯に閉じ込められている。立地的に火の国だと思う」その子は小さな声で言った。火の国とはどこだろう。


 数日その檻の中で過ごすと、ある日外から怒鳴り声のようなものが聞こえて来た。

 何かがぶつかり合うような大きな騒音。近くで震えている小さな女の子が居たので「おいで」というとその子は僕の胸の中に入ってきた。何が起きたんだろう。僕たちは殺されるんだろうか。

 目を瞑りながら恐怖に耐えていると、カチャリ、と牢の扉が開く音がした。

 開いた瞳に、薄暗いはずの牢の中が光で照らされているのが映った。幻想的な光の粒が空気を舞っているのだ。腕の中の小さな女の子が「魔法……」と言った。


 横を振り向くと、銀髪の男の子が食い入るように、牢の中に入ってきた女性を見つめていた。

 赤い髪を後ろで一つにまとめた、まだ若い少女だ。見た目は可愛らしく、こんな汚い場所に訪れる人間には思えなかった。そんな彼女を、その男の子は頬を上気させて、目が離せないように見つめている。


「私は冒険者です。ギルドの依頼で、誘拐犯を捕まえる手助けに来ました。もう大丈夫です。ご両親のもとに帰りましょう」


 彼女はそう言うと、笑顔で子供たちを撫でた。

 隣の男の子はそっと立ち上がると彼女の服をぎゅっと掴んだ。彼女はそれに気付くと、その男の子を両腕で抱きしめた。


「大丈夫よ。もう怖くないわ」


 優しいその声が、好きだな、と思う。きっとその男の子もそう思ったんだろう。


 ――そう思ってたけど、何年も経って、僕と彼では思っていたことがまるで違った、と気が付くのだけど。あの時僕が見たのは、まさに「人が恋に落ちる瞬間」で。

 僕はその少女に母性しか感じていなかったけれど、彼はそんなことを感じたこともなかったこととか。

 まだ小さかったフローラはその時のことをちゃんと覚えていて「私がおねえちゃんを守ると誓ったの」とかちょっと良く分からないことを言っていた。


 僕を引き取ってくれた少女は、天真爛漫で、情緒がちょっとおかしくて、人の話を聞いてないけれど、でも悪気や悪意からは一番縁遠い人だった。

 そして結局フローラと同じことを思ってしまう。この人を守れるように強くなりたいなって。そんな思いはギデオンも同じだ。

 四人で暮らす日々はとても楽しかった。少女はいつも笑っていたけれど、どこか不安定だった。終わりはあっけなく来てしまった。少女が亡くなりギデオンはどうしようもなく荒れた。このままでは彼は壊れてしまうと思った。だから僕は彼の肉親を捜すことにした。ギルドと役所に向かい、情報を集め、誘拐された子供の登録で彼の名前を伝えた。すると間もなくして高位貴族の家からの迎えが来た。泣きはらした目で公爵家の使いを見つめ、彼は僕たちと一緒ならば行く、と言った。







【フローラ】


 六歳より前のことが思い出せない。

 誘拐事件があったから、ショックで忘れてしまったんだろうと思う。

 事件の時、優しくしてくれたレイルから離れずに過ごしていたら、保護された場所に、助けてくれた赤髪のおねえちゃんがまた会いに来てくれた。じぃっと私たちを見つめて「数人しか無理なのだけど、行くあての無い子を私が引き取りたいと思うの。出来たら冒険者になってもらいたいのだけど……」そう言うと、子供たちは顔を見合わせた。冒険者とは命がけの職業だと聞く。助けてもらったとはいえ、荒くれ者も多い。まだその道で生きていくと決められる年齢ではなかった。


「俺が、行く」


 ギデオンが真っ先に立ちあがり、おねえちゃんの手を取った。おねえちゃんは嬉しそうに笑った。


「嬉しいわ」


 次にレイルも声を上げたので、離れたくなくて、私も、と言った。

 おねえちゃんは私たちを抱きしめて、そのまま連れて帰ってくれた。




 それからはかなりの訓練量を子供たちに課して来た。一晩で本を一冊覚えて来て、とか、ちょっと頭おかしいと思う。でも不思議なことに、私たちはその訓練に付いていけてしまって、メキメキと強くなっていった。


 でもそこからはあっという間だった。おねえちゃんが亡くなって、ギデオンと公爵家に引き取られて、養子にしてくれたおじいさまも亡くなった。両親が亡くならなければ本来なら次期当主になるはずだったギデオンの微妙な立場は、彼自身が頑なに拒否することによって落ち着いて行った。

 私はギデオンはリリーの後を追って冒険者になるのかな、と思っていたけれど、早くに家を出ることを望んだ彼は、学園に通いながら若くして騎士団の訓練生になった。そうして私とレイルも教師になった。


 孤児なのに、高度な教育を受けさせてもらえて、恵まれて育ったと思うけれど……いつもどこかで、私の居場所はここじゃない、そんな気持ちを持っていた。

 生まれも両親も分からない。魔法の才だけはあるけれど、リリーに鍛えてもらって伸ばされたものだ。好きも嫌いもなく生きるために身に着けた術だ。


 リリーと過ごしたあの家の暮らしだけは、楽しかったな、とよく思い返した。

 このまま日々無感動に暮らし、熱い気持ちが芽生えるような趣味ややりがいもなく、誰かを好きになれる気もしないまま、年老いてしまうんじゃないかって、あんまり生きることを楽しいものに思えていなかった。


 それはギデオンも同じに思えた。リリーが亡くなってから、ただ『リリーが居なくなった世界』を生きてるように見える。レイルはそんな風には見えないけど……でも、子供の頃は楽しかったですね、そんなことを良く言っている。


 私たちはいつまで経っても忘れられない。

 生命力に溢れた、強くて優しい、だけど子供みたいだった、私たちの育て親。人生で一番心細かったときに、たくさんの愛情を与えてくれた人。


 ――「雛鳥たちよ、時は来た。今宵止まり木で逢おうぞ!」


 その声が響いて来た時、おねえちゃんだって思った。

 この口調は、おねえちゃんだって。

 信じられない思いで見つめれば、そこには美しい女の人の姿があった。

 艶やかな長い黒髪に白い肌。艶めかしい体つきを豪華なドレスが包んでいる。


 この人はリリーじゃない、だけど、その中身はおねえちゃんだって。


 私はそう感じて、18年ぶりに、生きる喜びを思い出した。

 世界が輝いて見える。

 きっと子供の頃よりもっと楽しいことが起きる。そんな予感で胸が高鳴ったのだ。

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